アメリカの大学について1 | 北加発:アメリカ合州国、教育、人々、その他、なんでも

アメリカの大学について1

日本にいて、アメリカの大学を考える時、どうしても、日本での景色からのフィルターを通して、見てしまうと言う、落とし穴があるような気がします。頭の中では違いが分かっているつもりでも、その違いを過少評価して色眼鏡で見てしまう事があるのではないかと想像します。


たとえば、成績やSATのどの点数というものに、ウェイトを置いたものの考え方をしてしまうという、点数主義に陥りがちです。これは私も傾向としてもっているので、自分で意識的に戒めるようにしています。たとえば、SATの点数が高いということは、かならずしも、学力が高いと言う事を意味はしませんし、創造性があるともいえません。また、卒業後に成功するということとの相関関係も定かではありません。


学力をとっていえば、これには、知的な才能と努力の両方があってはじめて、それが良い成績に結びつくと言う事だと思います。UCについてよく、SATの平均が随分低いと言う批判がきかれますが、学力と言う点では相当のものがあるというのが現実です。これはGPAや学内での順位を見れば想像できます。SATには貧しい生徒や英語を母語にしない生徒の能力を公平に評価できないという限界があるといわれています。UCには貧しい家庭の生徒や英語を母語としない学生が大勢います。さらに、あまり知られていない事実として、UCは同時に受験したSATの点数しか考慮しないということがあります。。数回うけた、SATのなかからの科目ごとの最高点を提出できる私立の入学申請と点数の取り方が違います。これも、平均点が低い理由の一つです。


もう一つ、日本からみて、分かりにくいのは、入学審査の基準ではないかと思います。前にも記事を書いてから、もうすこし

分かりやすい説明の仕方がないかとアイデアをころがしていたのですが、いいかなと思える例があったので、以下に述べます。


まえにも、大学のコミュニティと言うお話をしましたが、これは"理想の小さな国"を作ると置き換えるとわかりやすいのではないかと思います。この国には、政治家も、音楽家も、スポーツ選手も、俳優も、市民も、色いろの人種も、社会の階層も存在します。

国民になるには、一定の教育程度が要求され、その程度は、国によって違います。しかしその最低条件を満たしたあとは、その

国のどの分野でその国に貢献できるのかが,問われます。この部分の重要さが日本の人たちにとって理解は出来ても納得できないと言う印象をもっているのではないでしょうか。。その国の、どの分野で貢献できるのかという非日本的な発想のところが一番分かりにくい要素ではないかと思います。


この国づくりという側面は私立が州立にくらべて、積極的です。また、大学の規模が小さいほど大学は細心の注意を払って、この国づくりを行います。私立大学が面接をするのは、その受験生がその国の国民に向いているがどうか知りたいためです。受験生はこの環境のなかで、自己評価をして自分が傾向として、自分が州立向きが私立向きかを考慮することもできると思います。


重複的な記事になってしまいましたが、お役に立ったでしょうか。?