英語の本を読むこと。
私は字毒に犯されている一人で、本なしでは、一日もすごせません。この中毒をいやすため、本を買うのですが、アメリカの日本語の本は割高で、いつも買うのは、文庫本です。
小説が多いのですが、濫読ですから、作家も日本、イギリス、アメリカと色いろです。5年ほどまえまでは、英米の作家の小説も翻訳で読んでいました。このほうが、読み手としては、楽ですからね。
私がよく読む、アメリカの作家にTom Clancyという人がいますが、この人の小説は長くて、一冊の翻訳が文庫3冊ななったりします。ある日、COSTCOという倉庫型安売り店にいったら、ペーパーバック600ページ$5.99で彼の新作が売っていましたので買いました。それまでにも家族が ”英語が読めるのに、どうして翻訳で読むのか”と言われていたので、観念してそろそろ英語で
読もうと思ったわけです。
読んでみて、分かったのは、英語で読むことに慣れていないので読む速度が日本語の半分で
時間当たり、40ページほど。しかし読む楽しみという点では、日本語と同じだということでした。読むという作業は頭のなかで、本の内容のイメージを作っていくわけで、頭の中で映画を見るというような事ではないかと思うのですが。このイメージの構築については、日本語からでも、英語からでも変わらないという事が分かりました。
これを読んでくれる、皆さんの中には、そんな事は当たり前、と仰る方がいるかもしれませんが、
私にとっては小さな発見でした。そして、この発見を確認するため、日英両語で同じ本を読みましたが、同じ”映画”でした。これは翻訳が優れていすという事でもあるかと思います。
この読んでのイメージの構築というのは、大事なことで、文盲であった人が読むことを学んでも、
文字を口に出して言うということは出来るようになるものの、イメージを作れないことがあるそうです。
1/5の価格で2倍の期間、楽しめるということは、10倍の得ということでしょうか?
もう一つの小さな発見 ”背中”と翻訳される90%は”腰”のことですね。