子供も中学生と高校生になり

まだ手はかかるけど

手がかからなくなったという

 

なんとも嬉しいような

寂しいような

気持ちです。

 

元気に育ってくれて

こうやって私自身も好きなことをさせてもらえて

有難いばかりです。

 

今はそう思えますが

子供が幼い時はそれはもう必死で

 

うちは主人が仕事で不在が多いでの

母親役も父親役も私がやらなきゃ!!

と、息まいておりました。

 

結果、怒ってばかりの

イライラお母さんができあがっていたのです。

 

「あそこは父親が不在だから、あんな風になるんだ」

「父親がいないから仕方ない」

 

なんて言われたこともないのに、

そう言われないようにと必死で、

 

世間体、周りの目を気にして

それを当時は

 

「子供のため!」

 

と本気で思い込んで、

先輩ママに”怒り方”を聞いたりして・・・

 

今冷静に考えれば

教えてもらうべきは

”褒め方”でしたね。

 

 

 

保育園でも、

のびのびと育ってほしい思いとは裏腹に、

 

子供の振る舞いや、身だしなみで

親である私が採点されているように思えて、

理不尽に子供を怒ってしまったり

きつく当たってしまったりと

なんとも情けない母親でした。

 

実際のところ、採点なんて誰もしていないのに、

そういう風に周りを見ていたのは

誰でもない自分自身でした。

 

 

アイロンのあたったスモック、給食袋

汚れたり、破れたりしていない靴

食べる時は座って食べる

きれいな食べ方

食事中にテレビは見ない

(今は自由に見ています)

靴は揃える

乱暴なことはしない

言葉使い

 

え?全部当たり前の事じゃないの?

と思う方はいらっしゃるし、

それ必要?

と思う方もいらっしゃいますよね。

 

価値観は人それぞれなので、

これらが必要か必要でないかは

ここでは一旦置いておいて、

 

何が情けないって、

子供のためと思ってやっていましたが、

子供が覚えていることは

 

「怒ってばかりのお母さん」

 

だったことです。

 

ストレスケアを学び、実践し

自分の事を認めていくことで

今こうして反省も改善もできますが

 

あのまま今も同じ自分が居たらと思うと

ぞっとします。

 

 

ストレスケアで得られるものは

「余白」

です。

 

心にも、体にも余白がないと、

イライラして、いつも何かに怒っている。

そんな自分を、大好きだという人は少ないと思います。

 

 

でもみんな、正解がないから

必死に考えて

誰かのためを思って

試行錯誤を繰り返して生きているのだと思います。

 

どうせ頑張るなら、

自分も、周りも心地よく居られるような

そんな試行錯誤が良いと思えるようになりました。

 

答えがないというのは

不安にもなるし、

進み方も分からなくなる時だってあります。

 

そんな時に、自分に余白があれば

世間のためではなく

自分のため、誰かのために

進んでいけるのだと思います。