会いたい人がいる。
その人に会うと自然と頑張れて
その人に会うと気付けば笑顔の自分がいて
その人に会うと素直に自分の弱みを打ち明けられて
その人に会うとポジティブな自分でいられて
その人に会うと、つまり、気持ちが満たされる。
だけどその人に会うことはもうできないかもしれない。
家族ってわけでもないし
連絡先を知ってるけど、その人はあくまでも仕事の環境の一部として、私と時間を過ごしたのは事実だから。
特別に私をみてくれてたことは知っていても、長い月日が経っているし、向こうの生活を邪魔したくないのもあって、連絡はしない。
私はその人から、愛を学んだ。
色んな感情を知った。
私は頑固で、その人も頑固だから、ぶつかることもあった。
だけど、ぶつかってぶつかって、最終的には私のことをいちばんに考えてくれていたことに毎回気付かされた。
時には涙を流しながら怒られた。私をおもって出た、まっすぐな言葉と共に。
感情的に、だけど絶対に私を傷付けないように、慎重な言葉で、強い眼差しで、気持ちをぶつけて、私を叱ってくれた。当時小学4年生の私にとっては、衝撃的な出来事だった。
その人と離れて、月日が経てば経つほど、それが愛だったことを知る。
私があなたを大好きなように、その人も私を嘘偽りなく愛してくれていたことがわかった。
だから私は今も、その人の幸せを心から願ってるし、いつか歳を重ねて、私もその人に自慢できるくらい幸せになれた時、笑顔で報告をしたい。
施設を出てからの数十年の話、そして幸せなその時の自分の話。全部全部ひっくるめて報告したい。
絶対に喜んでくれると思う。私の解釈っていつもポジティブだからね。笑
今はこんな感じの距離感だし、それが私たちにとってのベストなんだろうなーって心のどこかで感じてる。素直に受け入れることももちろんできてる。
だけど、時々、たま〜に寂しくなるなあ。
やっぱり、その人は私にとって誰よりも親だったなって、歳を重ねれば重ねるほど思う。
本当の親に抱く感情って、きっとこんな感じなんだと思う。
でも、この感情に気付けたことに私も感謝。
寂しい時は、楽しかった記憶とか、幸せだったあの頃の時間を思い起こして、この状況にあの人がいたら、こう言うだろうな〜って勝手に都合よく笑自分で想像したりして、自分自身を励まして、ポジティブな気持ちを引き出す。
そうすることで、不思議と前を向けるようになる。ほんとに不思議。
記憶の中で生き続けるって、こうゆうことなのかなーと思ったり。
いつか、あなたのおかげで今の私があるよって伝えれたらいいな。
3-4年に1度、連絡をしたりするんだけど、必ず返事が返ってくる。
電話番号を変えないのは、ちゃんと理由があると思ってる、勝手に愛だなーなんて思ったり。
もう15年の月日が経つからね。
都合のいい解釈は私をちゃんと強くしてます。
出会ってくれてありがとう。
またいつか会う日まで。
M.Mへ