関わりたくない人だけど、長所を認めざるを得ないことはありますよね。私も長年そんな状況への葛藤がありましたが、最近、いいフレーズが閃きました。
(◯◯さんにはそんないいところもある)
「でも私には関係ない」
です。
私はこれで楽になりました。良かったらお試し下さい。
昨日、お昼休みに今までやってきたことと反対のことをしようと考えたところ、頭痛や嫌悪 感が一気に襲ってきました。
今まで通りの道を進もうとした時に楽になりましたが、頭蓋骨近くの鈍い痛みは夜まで続きました。
もともとなるべく分かりやすい方法で教えて欲しいと祈っていましたが、必要ならば体調さえも変化させて止めようとすることもあるんだなと知りました。
今まで通りの道を進もうとした時に楽になりましたが、頭蓋骨近くの鈍い痛みは夜まで続きました。
もともとなるべく分かりやすい方法で教えて欲しいと祈っていましたが、必要ならば体調さえも変化させて止めようとすることもあるんだなと知りました。
かつてリチャード G. スコット長老はこのように教えました。
「皆さんが義にかなった生活を送っていて,神を信頼して行動しているならば,間違った決定をしている場合,神は警告的な気持ちを与えないまま,皆さんが進みすぎてしまうのを黙って見ているようなことはされません。」
(『祈りという天与の賜物を用いる』 2007年4月総大会)
あの体調の変化は聖霊の警告だったような気がします。
ある雨の日の仕事帰りに駅前のあるお店の前を通りかかった時に、怖いなと思う人を見かけました。
「傘で顔を隠した方がいい」と感じましたので、 その人に顔を見られないように傘で顔を隠しました。
隠さなかった場合、どうなったかはわからないですが、顔を隠して良かったです。
空振りに終わったとしても、心に聞こえてきた声に従って良かったです。
「傘で顔を隠した方がいい」と感じましたので、 その人に顔を見られないように傘で顔を隠しました。
隠さなかった場合、どうなったかはわからないですが、顔を隠して良かったです。
空振りに終わったとしても、心に聞こえてきた声に従って良かったです。