裏切から立ち直る
どうやら誰もが悲しい経験をしたり、試されたりするようです。そのためにここにいるのです。私たちがこの試練に立ち向かう態度によって人格を証明し、神から受ける祝福の基礎を形成するのです。
裏切られるということは多くの、時としてほとんどの試練の一部です。伴侶や仕事の相手、友人や近所の人から裏切られることがあります。どのように裏切りから立ち直ればよいのでしょうか。これは重いテーマです。数多くの人生の旅人を狂わせてきました。そうかと思えば、良い方向に進み、以前より強く、快活になり、天父との関係を強固にしたように見える人もいます。その違いは何でしょうか。
「裏切から立ち直る6つのステップ(原題:Shattered:Six Steps from Betrayal to Recovery)」の草案を書いていると、私と共著者のベティアン・ブルーインは健全に裏切から立ち直った経験を自ら分かち合ってくれた、多くの被害者に出会いました。被害に逢われた方々から見えてきたのは以下の事柄でした。
・引き続き希望と信仰を持ち、神の力に頼る
・進んで現実に向き合う
・問題を整理し、解決策を求める
・自分のやるべきことに対して誠実に取り組む
以下に挙げるのは悲劇から立ち直る6つのステップです。
ステップ1 気付く
裏切られたことに気付かない限り、取り巻く環境を変えることはできません。これはわかりやすいように思えますが、裏切られた場合、この手の虐待を取り巻く背景は時として見えにくいのです。裏切りは「静かな犯罪」であることがよくあるからです。不倫でも、二重生活でも、経済面での軽率な行動でも、裏切られて何年も経ってからようやく自分が裏切られていたことに気づくことがよくあります。裏切りから立ち直るにはまず、気がつかなければなりません。
ステップ2 受け入れる
どのような性質のものであれ、何かを失うと深い悲しみがやってきます。特に裏切られ、心からの期待していたものを失った時の悲しみは非常に深いものです。これは感情的に健全な立ち直りの過程の一部で、ショック、否定、怒り、やましさ、放棄、悲しみが伴います。このプロセスが完了すると、現実を認識し、受け止めるという、慰められる結果になります。上手に恐れを克服し、前向きに怒りを発散する方法を見つけると、待ちに待った、完全に立ち直るための第2ステップに必要な、痛みのない希望に変わります。
ステップ 3 行動を起こす
裏切られたことを認めて受け入れると、裏切った相手との関係を続けるか、絶交するかを選び、行動を起こさなくてはなりません。受身になるだけでなく、理性のある制限を設けることで、安全に問題に立ち向かい、人生を改善するように行動しなければなりません。
ステップ 4 自己の開放
自らの人生を歩めるようにすることは、立ち直るのに不可欠です。裏切られた人に最もよく見られる特徴は、無邪気にも、「喜んで服従する」、「いい人になる」、または裏切った相手に虐待を「許す」ということです。適切な支援体制を整え、被害者が自分を信じて人生を歩むようにすることは裏切った人と決別し、心の傷を癒す上で必要不可欠な段階です。
ステップ 5 責任を取る
公正な立場で言うならば、裏切られた人も責任を取り、裏切った相手に虐待に相応する取り分を与えなければなりません。相手に対する被害者意識を取り除き、自分自身に集中することは自分に力を与え、変化をもたらします。人は恐れに支配されている被害者という立場から脱却し、受け入れられるものと受け入れられないものに対し、大事な事柄に対して二度と妥協しないというという計画を立てなければならない時期があるのです。裏切った相手を赦し、今の自分があるのは置かれた状況ではなく、自分の選びの結果であると捉えることで、過去を超越し、希望を持って未来の可能性を描くことができるのです。
ステップ 6 進む
中国には「成長が遅いことを恐れるのではなく、成長しないことだけを恐れろ」と意味の古いことわざがあります。次に進むということは立ち直るための最後のステップとして考えられているかも知れませんが、その人の残りの人生の第一歩でもあるのです。人生を新たな目標と、自分の信念を持って見る時に、自信と勇気が湧いてくるのです。癒しは助けを必要としている人を助けることによってもたらされます。前に進むには、生活のバランスを取りながら一歩ずつ自分の目標を達成していくのです。
最近、2日間の著者によるワークショップで講演をしました。2日目の朝に、私の元にある参加者が前日のセッションのお礼を言いに来てくださいました。書くことと、印象を与えるものを使うことについて話しました。著書「裏切から立ち直る6つのステップ」について話し合い、使ったものは万華鏡でした。私はこのように話しました。人が裏切られると、その人の心は粉々に打ち砕かれたようになります。ちょうど固い床に激しく叩きつけられたガラスコップのかけらようで、決して元に戻りません。しかしかけらが集められ、立ち直り、癒されると、それぞれの人生に新たな美しいパターンと形ができあがり、さながら万華鏡のように色彩豊かで、豪華なデザインになるのです。
以下の詩の作者は万華鏡の詩的、視覚的描写にインスピレーションを受けてこの詩を書きました。だからこそ、一晩中この詩を書くために起きていたのです。彼女があるフレーズを選んだ理由を説明してくれたとき、私は深く感動しました。「恐れと怒りは悲しみの過程の一部です。私たちが自分の中に散らばって、残っている物を見つけるようになるのは、それらを経験している時なのです。」と説明してくれました。「トーストにバターを塗り」は自分の物質的、霊的、情緒的に必要なものを賄うことです。「ゴミを捨てて」は役に立たないものや有害なものを捨てることです。「くるくる回し」は万華鏡を回すことですが、新たな方向に向かうことや、他の人との関係を築くなどの、もっといい方法を試すことです。」と説明してくれました。
裏切られて
(c) シャロン・プライス・アンダーソン
打ち砕かれて、虐待され、傷つけられて
壊れたかけらになった私
小さな風景の中茫然とさまよい歩く
無秩序の中今までいた場所なのにうろたえている
流れる血を止め、涙を拭いて
傷を癒すため本物を探す
現実を超えた日々の恐れと怒りをふるいにかける
悲しみながらも行動する
トーストにバターを塗り
ゴミを捨てて
散らかり残ったものから
自分が何者かを見出す小さな、小さな希望、自信、赦しを集め
ついに一握りになった
万華鏡のピースのまばゆいパターン
太陽の光の中でくるくる回し
新しく、美しい何かを見つける
私はもう大丈夫
著書「裏切から立ち直る6つのステップ」と万華鏡の例え話からインスピレーションを受けて書かれました。使用にあたっては「裏切から立ち直る6つのステップ」の著者がシャロン・アンダーソンから許可を得ています。感想はフェイ・クリングラー(fay(at)klingler.com)までお寄せください。
※ Translation of this article is approvedby Fay A. Klingler and Sharon Anderson, the authors.
※ 翻訳にあたっては執筆者であるフェイ・ A・クリングラーとシャロン・アンダーソンの承認を得ています。