学校を卒業して、

しばらくは、

 

「今度ご飯行こう。」

 

そんなやり取りを友達として、

定期的に会っていました。

 

 

でも、

少しずつ会う回数が減っていきました。

 

お互い仕事が始まったり。

 

住む場所が変わったり。

 

結婚したり。

 

きっかけはいろいろあったと思います。

 

 

でも、

一番大きかったのは、

 

私自身が、

そこまで会いたいと思わなくなっていったことでした。

 

 

若い頃は、

そんな自分が嫌でした。

 

友達を大切にできない人なのかな。

 

冷たい人間なのかも。

 

もっと会いたいって思うのが普通なのかな。

 

そんなふうに考えていました。

 

 

SNSを見ると、

学生時代の友達と旅行に行ったり。

 

「親友とランチ」

という投稿を見かけます。

 

それを見るたびに、

私はこう言うの、ないな。

 

本当の友達っていうものが

いないからだな。

 

と思うこともありました。

 

 

でも、

ある時ふと思ったんです。

 

私は、

友達が嫌いなわけじゃない。

 

一人が好きなんだ。

 

 

誰にも気を遣わない時間。

 

予定を気にしなくていい休日。

 

好きな本を読んだり、

ぼーっとしたり。

 

そんな時間が、

本当に幸せで、心地よかった。

 

 

 

だから、

友達と疎遠になったことを、

後悔しなくてもいいのかもしれない。

 

もちろん、

友達は大切な存在です。

 

会えば楽しいし、

思い出もたくさんあります。

 

でも、

 

「いつも誰かとつながっていたい」

というタイプでは、

 

私はなかった。

 

ただ、

それだけだったんです。

 

 

 

昔は、

「もっと社交的にならなきゃ。」

 

「もっと人付き合いを大切にしなきゃ。」

 

そう思っていました。

 

そうできない自分を、

ダメな人間だと思っていました。

 

 

でも今は、

 

人と過ごす時間も大切。

一人で過ごす時間も大切。

 

こんな私でもいいよね。

 

そう思えるようになりました。

 

長い間、

私は「普通」に合わせようとしていました。

 

でも、

誰かと同じになろうとするより、

 

「私はどんな時間が心地いいんだろう。」

そう考えられるようになってから、

 

少しだけ生きるのが楽になった気がしています。

 

今は、

そう考えられるようになったけど、

 

過去の私のことは、別のブログ記事で書いています。

 

▶︎こちらの記事です。

学生時代の私は、

友達がいなかったわけではありません。

 

休み時間には話す子もいたし、

お昼も誰かと食べていました。

 

だから、

周りから見れば、

普通の学生だったと思います。

 

 

でも、

ずっと感じていたことがあります。

 

「私の居場所って、どこなんだろう。」

 

という感覚です。

 

 

教室には、

いつもいくつかのグループがありました。

 

仲のいい子同士で集まって、

楽しそうに話している。

 

私はその中にいました。

 

 

でも、

 

なぜかいつも、

「ここにいていいのかな。」

そんな気持ちがありました。

 

 

実は、

高校生の時に、こんなことがありました。

 

いつも一緒に帰る、数人の友達グループ。

 

同じ電車に乗って帰って、

順番に駅に着くと降りていく。

 

 

私と同じ駅で降りる子が

その日はお休みで、

 

最後に残ったのは、

私と、もう1人、

一つ先に駅で降りる友達でした。

 

 

「それでさぁ・・・」

 

私が話しかけた時。

 

その友達は、

興味なさそうに、

外を向いて私の話を流したんです。

 

 

あれ!?聞こえなかったのかな?

 

急に心臓がドキドキしました。

 

私と2人が、嫌なのかな。

 

そう思って、その後は何も話せなくなってしまいました。

 

翌日、私と同じ駅で降りる友達がいたときは、

いつも通り笑顔で話す彼女。

 

それからも、時々2人になると

同じような時があって、

 

この子は私のこと嫌いなんだな。

 

そう思うようになっていきました。

 

ちゃんと確かめてはいません。

でも、帰り道がすごく居心地が悪くなったことを覚えています。

 


 

その頃から、

私は、

 

自分の居場所を作るんじゃなくて、

誰かの居場所に、

入れてもらう感覚でした。

 

嫌われないように。

空気を壊さないように。

変なことを言わないように。

 

そんなことばかり考えていました。

 


 

修学旅行も。

 

文化祭も。

 

卒業式も。

 

思い出はあるはずなのに、

 

楽しかった記憶より、

気を遣っていた記憶の方が残っています。

 

 


昔は、

「私は人付き合いが苦手なんだ。」

そう思っていました。

 

でも今思うと、

 

苦手だったのは、

人と話すことじゃありませんでした。

 

 

「ここにいても大丈夫。」

 

そう思える安心感を、

持てなかったんです。

 

 

だから、

 

誰かと一緒にいても、

どこか一人でした。

 

笑っていても、

 

心のどこかでは、

「ちゃんと馴染めているかな。」

と考えていました。

 

 

 

私は長い間、

こういう自分を、

「性格だから仕方ない」

と思っていました。

 

私が悩んできたことを

別のブログ記事でも書いています。

 

▶︎こちらの記事です。

 

子供の頃に思っていたんです。

 

親友って、自然とできるんだろうな。

 

だって、漫画を見ても、ドラマを見ても、

みんな親友がいる。

 

なんでも話せて、いつでも一緒にいて。

 

そんなふうに、家族みたいに心許せる人がいたらいいよね。

 

きっと、私にもできるんだろうな。

 

 

だから、

私は親友を作りたかったんです。

 

中学生になって、

 

クラスの女の子たちの中では、

仲良しグループができて、

その中でも特に仲のいい子ができる。

 

まさに、「親友」です。

 

でも、私にはいつまでも親友はできなかった。

 

性格には、仲良しグループにはいたし、

その中で、よく遊ぶ子もいた。

 

実際に、気が合っていたんだろうとは思います。

 

 

でも、今思うと、

 

本当に心を開いて、

一緒にいて気を許せる友達だったかと言うと、

違う気がしています。

 

 

どこかで無理して合わせて、

どこかで一緒にいると疲れてた。

 

 

最低な人間だな、

 

と思われる覚悟で正直に話すと、

 

ただ、「親友」っぽい子が欲しくて

その子と一緒にいたんだと思います。

 

もちろん、当時はその子のことが大好きだったし、

大切な友人でした。

 

 

でも、きっと、

「親友」ができて当たり前。

「親友」がいないと思われるのが嫌だ。

 

そんな思いが振り返るとあったような気がしています。

 

そのことに気づいてから、

 

自分はなんて性格の悪い冷たい人間なんだろう。

そう思って自分を責めていました。

 

でも、

今は、少し違います。

 

私は、きっと、

1人でいる方が好きだし、安心できる人間だった。

 

でも、周りの人たちみたいにしなくちゃいけないって

どこか無理をして生きてきたんだと思います。

 

 

そう気づけた私の過去を、

こちらの記事で書いています。

 

▶︎こちらの記事です。

友達に誘われると、

「行きたい!」

と思うんです。

 

その場では本当に楽しみで、

予定が決まると嬉しくなります。

 

 

でも、

約束の日が近づいてくると、

少しずつ気持ちが変わっていきます。

 

 

あれ、あの約束って3日後だっけ。

なんか行くの億劫になってきたな。

 

あさって予定の日だ。

ちょっと緊張するな。

 

あ、あの予定、明日か…。

 

そして当日の朝になると、

 

行きたくないな。

家にいたいな。

 

そう思ってしまうんです。

 

 

 

その友達が嫌いなわけじゃないし、

行けば楽しいことも知っています。

 

 

だから、

こんなことを思う

自分が嫌でした。

 

 

「なんで私はこんななんだろう。」

 

「約束したのは自分なのに。」

 

 

昔は、

「私は人付き合いが苦手なんだ。」

そう思っていました。

 

でもきっと、

私は、

人が苦手だったんじゃない。

 

 

人といると、

頑張り続けてしまうから、

 

それが無意識で嫌だったのかなって、

今では思っています。

 

 

だから、

きっと、

 

約束の日が近づくと、

 

体が先に

「また頑張る日が来る。」

と感じていたのかもしれません。

 

 

なんで私はこんななんだろう。

 

 

この漠然とした悩みを、

一つ一つ、少しずつですが

見つめ直せるようになったことで、

 

今は「生きづらさ」じゃなくて

「私らしさ」なのかなって思えています。

 

 

私は生きづらさを

体感した日の話を、

 

別のブログ記事でも書いています。

 

▶︎こちらの記事です。

「私、人見知りだから。」

そう話すほと、いますよね。

 

でも、私には不思議で。

 

大抵の場合、

そう話す人たちは、

 

人と仲良くつながっている。

 

新しい環境にも馴染んで楽しそうに見える。

 

みんなとも自然に話している。

 

 

私から見ると、

全然人見知りには

見えませんでした。

 

 

 

だから私は、

 

「人見知りって何なんだろう。」

 

そんなことを

考えるようになりました。

 

 

私は、

そもそも人の輪に入るのが苦手。

 

話しかけるのも苦手。

 

話しかけられても、

何を話せばいいか分からない。

 

気づけば、

みんなが仲良くなっていて、

私は少し後ろから見ている。

 

そんなことが多かった。

 

 

そんな私の中では

人見知りって、

 

「人との距離感を縮められない人」

 

のことなんですよね。

 

 

だから、

「人見知りだから。」

と言っている人が、

 

ちゃんと人と仲良くなっていくのを見て

「全然人見知りじゃないよ。」

 

そう心の中で思っていました。

 

きっと、

人とうまくいかなかった場合の

予防線なんだろうなって。

 

 

私はずっと、

「私も人見知りなんだ。」

と思っていました。

 

でもこう考えていくと、

違うのかもしれません。

 

私は、

人見知りなんじゃなくて、

 

人に嫌われることが怖かっただけ

 

 

嫌われたらどうしよう。

 

変な人って思われたらどうしよう。

 

迷惑だったらどうしよう。

 

そんなことばかり考えて、

自分から心を開けませんでした。

 

 

だから、

人と距離ができてしまう。

 

ただ、

近づくのが怖かっただけなんです。

 

 

 

昔は、

「もっと社交的にならなきゃ。」

そう思っていました。

 

でも今は、

無理に明るい人になろうとは思いません。

 

まずは、

どうして私はこんなにも

人に近づくことが怖くなったんだろう。

 

そこを知ることの方が、

ずっと大切だなって。

 

 

私が生きづらさを受け入れられたきっかけ

ブログ記事で書いたので、

 

もし興味がある方は、

こちらの記事も読んでみてください。

 

▶︎こちらの記事です。

 

私は昔から、

 

「人見知りに見えないね。」

 

と言われます。

 

 

初対面でも、

笑顔だし、

会話も続くからだと思います。

 

でも、

本当は違います。

 

 

実は私は、

初めて会う人と話す日は、

朝からかなり緊張しています。

 

 

何を話そう。

 

変に思われないかな。

 

そんなことばかり考えています。

 

 

 

だから私は、

 

相手が話しやすいように質問をしたり。

 

空気が悪くならないように笑ったり。

 

相手が退屈しないように話題を探したり。

 

 

気づけば、

ずっと相手のことばかり考えて、

頭はフル回転です。

 

 

だからでしょうか。

 

家に帰ると、

どっと疲れます。

 

 

何もしたくないくらい疲れている。

 

そんな日がよくありました。

 

 

 

昔は、

人見知りだから

頑張って疲れるんだと思っていました。

 

 

でも実はきっと、

 

「嫌われないように頑張ること」

 

に疲れていたんです。

 

 

だから、

「人見知りに見えない。」

と言われるたびに、

 

少し不思議な気持ちになります。

 

 

だって、

それは、

 

頑張っていた、

本当の私じゃない私だったから。

 

本当の私は、

 

その後、

一人になってやっと息をついていました。

 

 

昔の私は、

これが性格なんだと思っていました。

 

でも、

あることを知ってから、

少しずつ見え方が変わりました。

 

 

もし、今日のブログの内容が

「自分と同じかも。」

 

そう思う人がいたら。

 

こちらの記事で、

私が以前から感じていたことも書いています。

 

良かったら、覗いてみてください。

 

 

▶︎こちらの記事です。

先日、

実家の押し入れから、

卒業アルバムが出てきました。

 

懐かしい顔がたくさん並んでいて、

「あぁ、この子いたな。」

そんなことを思いながらページをめくっていました。

 

でも、

途中で気づいたんです。

 

今は、誰とも連絡をとっていない。

 

むしろ、とりたいと思える人も、

浮かびませんでした。

 


 

別に、

ケンカしたわけじゃありません。

 

嫌いになったわけでもありません。

 

自然と会わなくなって、

自然と連絡もしなくなった。

 

ずっと、

そんなふうに思っていました。

 


 

でもある時、

ふと思ったんです。

 

私は昔から、

友達といても、

本当の自分を出せない感覚があった。

 

 

友達と遊ぶのも嫌いなワケじゃない。

話すのが苦痛なわけでもない。

 

 

でも、なんとなくいつも居心地が悪くて

帰って1人になったらほっとする。

 

そんなことが多かったんです。

 


 

私は、

人といるのが苦手なのかな。

 

昔はそう思っていました。

 

でも今振り返ると、

違ったのかもしれません。

 

 

私は、

人との距離を縮めるのが苦手だったんじゃない。

 

嫌われることを、

怖がっていただけだったんです。

 


 

だから、

 

自分を出せない。

 

本音も言えない。

 

相手に合わせる。

 

そんな生き方が、

学生時代からずっと続いていました。

 


 

今なら思います。

 

あの頃から私は、

人との関係を大切にしていたというより、

 

「嫌われないこと」

 

を大切にしていたんだなって。

 

 

私は長い間、

「人間関係が続かない性格なんだ。」

と思っていました。

 

でもあるメルマガを読んだ時、

 

それも性格ではなく、

そうなってしまう"構造"があることを知りました。

 

理由が分かった時、

「あの頃の私が悪かったわけじゃないんだ。」

 

そう思えて、

心が軽くなりました。

 

今でも時々読み返している、
大切なメルマガです。

 

▶︎こちらのメルマガです。

学生時代の私は、

一人ぼっちだったわけではありません。

 

話す友達もいました。

お昼も誰かと食べていました。

 

修学旅行も、
文化祭も、
ちゃんと参加していました。

 

だから周りから見れば、

普通の学生だったと思います。

 

 

でも、

なぜかずっと孤独でした。

 


 

みんなで笑っている時も、

私はどこかホッとできませんでした。

 

この返事で大丈夫だったかな。

変なこと言わなかったかな。

 

今の笑い方、
おかしくなかったかな。

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

だから、

みんなといるのに疲れる。

 

そして、

一人になると少し安心する。

 

そんな毎日でした。

 


 

当時は、

 

「私、人付き合いが苦手なんだ。」

 

そう思っていました。

 

 

もっと明るい性格だったら。

 

もっと話が上手だったら。

 

もっと積極的だったら。

 

みんなみたいになれたのかな。

 

 

そんなことを考えていました。

 


 

でも今振り返ると、

 

孤独だった理由は、

友達がいなかったからじゃありませんでした。

 

 

本当の自分を見せるのが、
怖かったから。

 

 

嫌われないように。

 

浮かないように。

 

空気を壊さないように。

 

 

そんなことばかり考えていたから、

 

誰といても、

心だけは一人だったんです。

 


 

だから今思うんです。

 

あの頃から私は、

 

自分の気持ちより、

周りがどう思うかを優先して

生きるようになっていたんだなって。

 

 

私は長い間、

「人付き合いが苦手な性格なんだ。」

と思っていました。

 

 

でもあるメルマガを読んだ時、

 

それは性格ではなく、

そうなってしまう"構造"があることを知りました。

 

 

「あぁ。

だから私は、
あの頃からずっと苦しかったんだ。」

 

そう思えた時、

初めて自分を責めなくていい気がしました。

 

今でも時々読み返している、
大切なメルマガです。

 

▶︎こちらのメルマガです。

『はい、4人組を作ってください。』

 

学生の頃、1番苦手だった時間。

 

テストでもなく、
発表でもなく、

 

「はい、4人組を作ってください。」

 

その一言です。

 

 

先生がそう言った瞬間、
教室の空気が一気に変わります。

 

「あ、一緒にやろ。」

 

「こっち来て。」

 

あちこちで声が聞こえて、
みんな自然に集まっていく。

 

 

その中で私は、
いつも動けませんでした。

 

誰に声をかけよう。

 

もし断られたらどうしよう。

 

もう人数が決まっていたらどうしよう。

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

だから私は、
自分から行くことができませんでした。

 

 

誰かが
「一緒にやろ。」
と言ってくれるのを待つ。

 

もし声をかけてもらえなかったら、


先生が
「じゃあ、ここに入りな。」
と言うまで待つ。

 

 

そんなことも、
何度かありました。

 

 

別に、
いじめられていたわけではありません。

 

仲間外れでもありませんでした。

 

普通に話す友達もいました。

 

 

だから、


当時は

「私、人見知りだから。」

そう思っていました。

 

でも、
大人になってから思うんです。

 

 

あの時間に怖かったのは、
一人になることじゃなかった。

 

「選ばれないこと」

 

 

だったんだなって。

 

 

自分から声をかけて、
困った顔をされたらどうしよう。

 

「もう4人だから。」

そう言われたらどうしよう。

 

そんなことを想像して、
最初から動けなくなっていました。

 

 

だから私は、
少しずつ覚えていったんです。

 

自分から行くより、
待っていた方が傷つかない。

 

目立たない方が安全。

空気を読んでいた方が安心。

 

 

その頃は、
ただの性格だと思っていました。

 

でも今振り返ると、


あの頃から少しずつ、

人の反応を見ながら生きる癖が、
身についていった気がします。

 

私は長い間、

「気にしすぎる性格なんだ」

と思っていました。

 

でもあるメルマガで、


それは性格ではなく、

そうなってしまう構造がある

ことを知りました。

 

 

「だからあの頃から、
ずっと苦しかったんだ。」

 

そう思えた時、
初めて自分を責めなくていい気がしました。

 

今でも時々読み返している、
大切なメルマガです。

 

▶︎こちらです。

 

無料で、いつでも配信の解除が可能だそうです。

今日も、

「早くして!」って

急かしてばかりの夜だった。

 

 

別に、

怒鳴りたいわけじゃない。

 

 

本当は、

 

ちゃんと笑っていたいし、

穏やかでいたいし、

子供にも優しく接したい。

 

 

子供も、1日保育園で過ごして、

夜くらいは私に甘えたいはずなのに。

 

 

▪️▪️▪️▪️▪️▪️

 

 

でも気づけば、

 

「早くして」


「何回言えばわかるの?」

 

そんな言葉ばかり出てくる。

 

 

 

夫がいる日は、

 

「あなたはいいよね」

 

って、
嫌味みたいな言い方をしてしまう。

 

 

 

で、
あとから自己嫌悪。

 

 

なんで私は、
こんな余裕なくなっちゃったんだろう。

 

 

▪️▪️▪️▪️▪️▪️

 

昔はもっと、
優しくできてたのに。

 

そう思って、
寝かしつけをしながら、

 

「ごめんね」って

何度も心の中で

眠りそうな子供に謝ってる。

 

 

 

でも。

 

最近になって、
ようやく気づいたことがあります。

 

 

 

それは、

私の毎日は、

 

“余裕がなくなるようにできていた”

 

ってことでした。

 

 

 

今のママって、
本当に休まらない。

 

子供を見ながら家事。

 

 

ご飯作って、
片付けして、
明日の準備して。

 

 

やっと座れたと思ったら、
SNSから流れてくるのは、

丁寧な暮らし。

 


キラキラ育児。
ちゃんとしてるママ。

 

 

それを見るたび、

「私、全然できてない」

って、
また自分を責める。

 

 

でも、
考えてみたら怖いですよね。

 

 

ずっと誰かのために動いてるのに、

「もっと頑張れ」

って空気だけは、
終わらない。

 

 

 

しかも今って、
物価も上がってる。

 

将来も不安。

子供の教育費。

老後。

 

 

ニュースを見れば、
暗い話ばかり。

 

 

そんな中で、
毎日ニコニコ余裕を保つなんて。

 

正直、
かなり難しいと思うんです。

 

 

 

でも昔の私は、


それでも、

「ちゃんとできない私が悪い」

って思ってました。

 

 

だから、
もっと頑張ろうとしてた。

 

 

ちゃんとしよう。
優しくしよう。
イライラしないようにしよう。

 

 

 

でも、
頑張るほど苦しくなった。

 

 

 

そしてある時、


夫に話しかけられても、
返事すらしたくなくなった。

 

 

別に嫌いじゃない。

 

でも、
もう誰とも話したくない。

 

 

 

そんな感じでした。

 

 

 

なのに夫は、
普通にテレビ見てる。

 

普通に寝てる。

 

 

それを見るたび、

「なんで私ばっかり…」

 

って、
どんどん心が荒れていった。

 

 

▪️▪️▪️▪️▪️▪️

 

 

でも、
本当は違った。

 

私が、
ダメになったわけじゃなかった。

 

限界になるまで、
ずっと頑張ってただけだった。

 

 

 

そして、
そうなってしまうのには、

ちゃんと“構造”があった。

 

誰も教えてくれなかったけど。

 

 

ママって、
気づかないうちに、

「優しい人ほど壊れていく構図」

の中に置かれてるんです。

 

 

実は、全て物理的な理由がある。

 

でも、みんな誰かのせいにしたり、

マインドや気持ちの持ち方で片付けたり、

本人の問題にしてる。

 

 

 

私は最近、
そういう“構造”を知って、

 

少しずつ、
自分を責める回数が減りました。

 

 

 

全部を完璧にしなくてもいい。

 

まずは、
「自分が悪いわけじゃなかった」

って知るだけでも、
呼吸が変わる。

 

だって、私の「苦しい」には原因があったから。

 

 

だから、
もし今苦しい人がいたら、伝えたいなと思って。

 

私が苦しさの原因を知って、

毎日が変わったきっかけを。

 

 

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