初日の夕方、西隣の島の教会を訪れた帰りに、「棚田」の名所…と表記された看板が気になったので、ホテルに帰って 少し調べてみました。ここは 明治以降も 従来の信仰を維持してきた方々の集落…ということが 分かりました。
明治になって 禁教が解除された時、潜伏キリシタンの方々は、カトリックに復帰(?)した方々と、(カトリックにはいかずに)従来通りの信仰を守り続けてきた方々に 分かれていった…という話は聞いていました。(教皇ヨハネ=パウロ2世が長崎を訪れた時の新聞記事で知りました。)
私たちが 家族旅行で訪れてきた教会は カトリックに復帰した方々の所に、神父が派遣されて 信者と共に 明治以降に作られたものです。つまり、私たちは 現在カトリックを信仰している人々の生活の場に お邪魔させていただいた訳です。
ですが、潜伏キリシタンの信仰を守り続けてきた人々のところには 行ったことがないことに なります。今まで通りの静かな生活を守りたい、と願っての判断なのですから、分からないのが 当たり前なのです。
しかし、この集落は カトリックに復帰せず、従来の信仰を守り続けている…と公にしているのですから、生活の邪魔にならない範囲で 見学させていただくことにしました。
棚田の中腹のところから 上と下を撮影しました。海に山が接近していて(農業だけでは生活ができないので)漁業と農業によって 生活が営まれてきたことが分かります。これまで 家族旅行で 訪れたところに 共通していること。
信仰を守るためには、税収が多くはのぞめず、交通が不便なので、国家権力(の関心が薄く)が及びにくいところ…を 生活の場として求めてきたことが分かります。
地図の下半分のところを散策した後、上半分の「小春日」というところへ移動しました。そこには「かたりな」(集落案内所)という施設があったので、立ち寄ることにしました。
そこには、三人の方に説明を受けたり、集落の生活を伺ったり…することができました。観光をすると ただ 観るだけ…ということになりがちです。しかし、現地の方から 昔や今の生活について 伺うと、信仰の意味について考える機会になりました。
「かたりな」は「聖カタリナ」を意識しての命名でしょうが、標準語の「語る」、そして方言での「かたる(参加する)」という意味が込められているそうです。(HPには「語りを通じた交流」「活動に加わる」というコンセプトを表現と書かれています。)
世界遺産登録についても、当初は 賛否両論だったそうです。カトリックには 復帰せず、従来の信仰を守る…という選択をしたということは、そっとしていて欲しい、という気持ちがあったからだと思います。私も 大きな観光地の近くに住む者として、訪れる観光客に対する気持ちは分かるつもりです。
この集落を訪れる観光客は 年間5000人ほど。これくらいの数ならば 地域の負担は小さいですよ…と 笑顔で 答えられたことが印象的でした。
帰りに 撮った中江ノ島。禁教令が出た後に 殉教の場となったところ。お話を伺った後だったので、敬虔な気持ちになりました。



