SDGs 。数年前から 世の中で 広く使われるようになってきました。今、この言葉が ちょっと 気になるんです。
ものを大切にする。食べ物を粗末にしない。最後まで使い切る。
これは、ずっと 日本人が大切にしてきたことで、SDGsって言葉が 現れる前から、できて当たり前のこととされてきました。ですから、食品ロスの問題は、SDGsとは 関係のない話なんです。
つまり、SDGsって、それまで 為すべきだって言われていたことを 勝手に取り込んでいるんです。
ですから、正しいことを 次々に 取り込んでいくので、一見 それが正義であるかのように見えてしまう。そこが怖いんです。SDGsを利用して、利益を得ようとしている「得体の知れない」存在を感じてしまうんです。
日本に環境庁ができた時、環境庁の長官が、環境庁は 省庁の中で 唯一の「反体制的役所」である、と言ったそうです。
確かにそうだと思います。環境に配慮して、排ガス規制を行えば、商品生産のコストが上がり、利益が減っていきます。経団連や日経連からみれば、目の上のたんこぶのような存在だったと思います。
1980年代から 西ドイツで躍進した「緑の党」は 新しい形の左翼政党であったし、2000年代の反体制勢力(新左翼)といえば、環境保護団体が大半を占めていました。
つまり、環境保護は、本来 「野党的存在」であった訳です。
しかし、サミットで 先進国首脳たちが SDGsを実現するための政策を競う現状をみると、そこが大きく変わったのだと思うんです。つまり、SDGsによって、環境保護は「与党的存在」に 転化したのだと思います。
ここが 私にとっては 大きな違和感を感じる原因なんだと思います。