初詣に 出かけた時のこと。嫁さんが ポツリと 言いました。自分が受験生の時は 合格祈願に 行ったことがない。神頼みを する時間があったら、勉強した方が 合格に 近づくはず。隣で歩いている長男も 黙ってうなずき、同意しているようです。
確かに、合理的に 考えれば その通りです。私も 高校受験の時には、初詣は 私ひとり 家に残って、静かに 勉強していたような気がします。でも、大学受験の時には、気分転換に 初詣には 行った…と思います。
受験生の親になって 初めて 気持ちが 分かるような気がするんです。受験生本人ではなく、家族が 本人のために いろんなことを したくなる気持ち。
お札をいただいたり、絵馬を書いたり、三社参りをしたり、場合によっては お百度を踏んだり…。
合格できるために 努力できるのは、本人だけ。家族は 何をすることもできません。できないことが 分かっているのに、何かを してあげたい。そんな気持ちが 親を いろんな 行動に 突き動かしている…と 思うのです。
三社参りをしても、お百度を 踏んでも、何にもならない。それは やっている人自身が、一番 分かっているのかもしれません。それでも、何も しないでは いられない。それこそが 親心。今になって、ようやく 分かった気が しています。
いえ。
ひょっとしたら、私は、高校受験や 大学受験の時に、親の気持ちに 気づいていたのかも しれません。でも、親の気持ちが重く感じて、あるいは 反抗期な気分になって、一緒に お参りに行くことを 嫌がった…だけだったのかも しれません。
長男も、ひょっとしたら、そんな気持ちなのかもしれませんね。