うその私なら良いと言ってくれる人は少しはいる。
でも嘘なんだ、その笑顔。
こんな私を、本当の良いと言ってくれる人などいるのだろうか、
と思った時、
ああ、あの人は良いと思ってくれたから
結婚してくれたんだよね。
でもこんな私じゃなくて
どんな私だったのだろう?
あの人が良いと思った私とは。
いやいや、だから嘘の私。
あとは言うことを聞く私。
もっとなんてもうできなかったと思う
無理だったと思う
それだけ頑張ったと思う
もう二度とやり直したくなんかないと思う
だけど
どうしてもっとできなかったんだろう
もっとうまくできなかったんだろう
という思いが消えない。
お金だけもらうという
ひどいことをし続けていると思う。
どんなに悔しいだろう。
虚しいだろう。
そういう思いをさせられてきて
そういう思いを嫌という程知っているはずの私のくせに
人にその思いを
させている。
多分
させているって考え方がおかしいって言うんだろうね。
主体は自分じゃない
境界線が引けてない
させてるって、させられれと思いあがってる
それがどうおかしいのか教えてよ。
私も知りたいよ、
納得したいよ、
どうせ誰もいない。
お互い誰もいないもの同士の
誰かにはなれなかった。
その誰かに、なれるとでも思ったのだろうか?
いや良いじゃん。
誰もいなくて結構じゃん。
誰かいるから死にたくなるんだから。
どうせ死ねないチキンだ。
妄想。
それでも死ぬ事を考える事だけが
唯一
自分に安らぎを与えてくれる。
こんな想いさえなくなれば楽になる。
だけどなくならない。
なくすためには
自分が死ぬのが一番スッキリする。