東京ラブストーリーの25年後が出た。
友達が貸してくれた。
 
私達の世代には待望の!だ。
 
当時、私はまだ中学生か高校生だったけど
 
既にトレンディドラマには斜に構えた見方があって
 
リカが広告代理店だとか
はー今時の花形ににしときゃなんでもカッコよく見えるよね、
こんな人だから好き勝手やっても
辛くても
ドラマになるよね、
なんて思ってたから
 
友達の盛り上がり方とはちょっと違った目で見てたし
話もあんまり覚えてない。
原作は読んでないし。
 
でも、今、50歳の赤名リカの方が
当時の25歳の彼女より近いのかと思うと
 
そしてあのトレンディやってた女性が
どれだけオサレ人生送ってるのか
はたまた
どれだけ落ちぶれてるのか←サイテー
 
こっちはそれなりに興味を持って読めた。
というより
思い入れは相変わらずなく覚めた目で読んでたけど
 
ラストがこたえたな。
 
私は
 
形はどうあれ、
夫でも子供でもパートナーでも
 
自分が見つけ出した
自分が作り出した
関係が
 
長く続く事で出来上がってくる
何か
足跡みたいなもの
 
それが欲しかったんだ、と。
 
そして私の心の中にいる元カレ
(旦那ではない)は
やはり心の中にいて良くて、追い出す必要がなくて
(だってそれは今の私を築いてくれた経験というか、礎だから)
 
それでも
別の人と人生を歩んで
誰かと作り上げる何かというのが
 
1番重い現実であり
事実であるはずだった、と。
 
カンチにとってのリカとサトミ。
サトミにとってのカンチと三上。
 
リカにとってのカンチとアフリカ。
 
もう私には
(心の通う)旦那もいない。
子供もムリだろう(なんか声優の人は43歳で妊娠したみたいだけど)
私にとっての元カレはリカにとってのカンチでカンチにとってのリカだった(彼にとって私がリカだったかはわからないけど)。
そして旦那は、カンチにとってのサトミになってほしかったのだろう。
 
ない事ばかりに目向けないで
ある事に目を向けなよ。
 
そうだね、あるもの。
友達。
私をそういう第1番の存在には置いてくれない。
当たり前だ。
彼らには家族がいる。
 
自分が生まれた家族。
いずれいなくなる。
 
そして、それは私が作ったものではない。
 
さて、どうやってこんな状況で
ポジティブなんかに、物事考えよっかね。
 
あー、私は欲しいものがなくって
ないって現実を
改めて漫画なんかに突きつけられて
落ち込んでるんだー、
 
覚めた目で見る。
 
それ以上、自分で突っ込めない。
 
こんな想いがなかったらどうなりますか?
ない事なんて想像できない。