ロシアが圧倒的高性能の戦闘機、ファイヤーフォックスを開発した。
マッハ5で飛行、完全なステルス性、パイロットの思考だけで反応する武器群。
これが量産された暁にはアメリカは、世界は、ロシアに制圧されてしまう。
どうしよう?
盗んじゃおう。
(一部ネタバレ含みます)
監督・主演クリント・イーストウッド。
原作小説は1977年、映画は1982年。冷戦真っ最中のロシア(というよりソ連)への潜入、そして作戦実行という往年のスパイ映画の王道であります。
ただし、その目的は要人暗殺でも味方の救出でもありません。
戦闘機を盗んで、そのまま飛ばして西側まで持ってこようというもの。
何年かぶりに観ました。
破壊してもまた作られてしまうし、設計図を盗んだところで先に量産されてしまう。軍事バランスを崩さぬためにはそんな時間は許されない。実物が手に入ればそのギャップを短時間で埋められる、ということなのでしょう。
いくらなんでも最高軍事機密(しかも現物)を外国人に盗まれる間抜けな国はないでしょうが、こういう大胆で、しかしある程度の現実味もある発想の楽しさ、わくわくさが当時の小説や映画にはあふれていたように思います。
前半は作戦の決定から主人公である凄腕老パイロット、ミッチェル・ガントのアサイン、訓練、そしてロシアへの潜入が描かれます。
後半は、まんまと盗み出したファイヤーフォックスを追いかけるロシア軍との頭脳戦、からの空中戦。
最後の空中戦は、今の感覚で見ると若干退屈かもしれません。映像は良くも悪くも「質素」で、迫力には欠けます。この手作り感にこそワクワクしてしまいますが、個人的には。
一方、前半の潜入劇は今見てもハラハラです。
退役した後、ガントはPTSDを抱えたまま一人アラスカの丸太小屋に暮らしています。
軍はこのささやかな暮らしを奪うと脅し、ガントに作戦参加を承諾させます。
ロシア潜入作戦にガントが選ばれた理由は3つ。操縦技術、ロシアの兵器に対する知識、そしてロシア語が堪能であること(ただし劇中はほとんど英語)。今ならイーサンハント率いるIMFがちゃちゃっと盗んできちゃうところですが、80年代はそうはいきません。
ガントの暮らしぶりと孤独感、怯えた心の闇は、冒頭5分で伝わってきます。今は誰とも交わらないこの暮らしを守ることだけが彼の望みであろうと想像できます。そのために命懸けの取引をしても。
ガントはベトナム歴戦のパイロット。操縦の腕はピカイチですが、ボンドでもハントでもありません。諜報活動などしたことがなのです。それ故、モスクワの空港でも、町でも、駅でも、完璧な挙動不審者。KGBでなくても職質したくなります。文字通り命を懸けてガントをバックアップする協力者がたくさんいるのですが、そんな訳でガントに対する彼らの心配っぷりが痛いほど伝わります。
ガントはベトナムで追った心の傷を抱えています。心が不安定なので、追いつめられると目も顔も仕草も怪しい。そのまま行かせるんですか?とKGBにアドバイスしたくなります。
自分でも成功するなんて思っていないし、周りも自分を信用なんかしていない。それをよく分かっています。信頼すべきものは他になく、失敗すれば国は自分を見捨てるだけ。成功しても手に入るのは今までと同じ孤独な生活。人生を諦めたガントの思いが泣けます。
ガントへの(アメリカへの)協力者たちには、命に代えてでもこの作戦を成功させたい理由があります。それぞれの心に刻まれた悲しみと信念。作戦のため、時に残酷な行動もいとわない彼らにガントは最初戸惑います。しかしやがてその心を理解し、自分もまた意思を強くしていきます。
そしてその一人が、たまらずガントにこう投げかけます。
「飛べるのか?」
そのとき、ガントはこの映画始まって以来の眼光を放ちます。
「飛べるさ」
かつて胸にあった誇りと自信が再生します。
イーストウッドのこの目。ああ、ハリー・キャラハンのあの感じ。
スマホもインターネットもなく、本国からのバックアップもありません。そんな中で展開されるスパイ大作戦。いかなる危機も己の知恵と度胸と技で解決しなければならない緊張感。
初めて本作をみたのは子供のころの名画座。当時の自分にとってソ連や東側諸国は壁に囲まれた理解を超えた国。どんな理不尽なことでも起こりうる怖いところ(いたいけな少年のイメージです)。そんなイメージとデフォルメされた知識により、本当に手に汗をかきながら観たのを覚えています。
いよいよファイイヤーフォックスを盗み出すその時、協力者達の目線の先を、パイロットスーツのガントが静かに横切っていきます、轟音と共に飛び去っていきます。
散っていった皆の思いを乗せて。
観ている私の指先が震えます(加齢のせいではありません)。
今ではもう作れない、味わえないスリルを、久し振りに楽しんでみました。
※本記事は個人の感想です。記載した情報に誤りがあればご一報いただけると幸いです。