さてさて、ソフィアでゆっくり2泊した後
次の訪問国、ルーマニアに向かう為
駅に向かっていた私の身に・・・・
後ろから多くの足音が・・・・・
私の左足の足元に女の人が
なだれ込み転がって来ました
とその後、6~7人の20代の男の人に
私は囲まれてしまったのです
ふと、これはブラジルで力づくで
時計を取られた時の再来かと・・・
その時私は、左手で女の人を払いのけ
ひたすら前を向き歩き続けました
視線は一切女の人に向けなかったので隙はなく
何も盗まれることがなかったのですが
ただ単に、男の人たちは女の人を追いかけてきたのは
定かでありません
おかげで、古傷のあるの左足は
ますますポンコツに
数日痛かったです
丁度この辺りで囲まれました
その後、無事に駅に着いて寝台車に乗車
寝台車では運良くブタベストからの時と同様
今回も一人で一部屋使えることになりました
ここまではOK
夜も寒くなり、バックパックの底にある上着と長ズボンを取り出し
出しきった後はすでにその時は体も温まり
上着も着ることなく寝る前にトイレへと・・・・
電車の両と両の間に扉があるのですが
その前に扉がもう一つ
その扉が全開になっていて
トイレの扉が見えないように塞いでいたのです
その時、すぐ後ろに乗務員の人が立っていて
次の両への扉を開けに行き押さえくれていました
私は、トイレも見つからない事だし
仕方ないので次の両に行き
トイレを探し用を足し戻ろうとしたら
私の部屋の有る両の扉はロックされてしまっていたのです
途方に暮れる私・・・
その先の両の扉も開かず、どうしようかと・・・・
上着は無いし、これから冷えるだろうし
通路で凍えて寝るしかないのかと・・・・
空いている部屋を探して寝ようかとも・・・
最後にもう一度扉に挑戦
私の両は開かないものの
先の両に蹴りを入れたら開きました
寝ている乗務員をたたき起こし
英語はまったく通じないので絵を書いて説明
嘘だろうと疑う乗務員を無理矢理扉まで連れて行き
そこでやっと納得
仕方ないので次の駅が来たら
外に出て走って両を移れとの事
次の停車駅迄の間、二人で絵を交えてのお話
彼はしつこく私に学生か?と
何度も違うと答える私
そのうち乗務員さんは、自分を指差し
その後、紙に自分の歳の数字を書きました
続いて私も歳の数字をと書くと・・・
向こうも驚いたけど
私もこのお腹の出た白髪が半分のおじさんが
同じ学年かと思ってびっくりしました
次の停車駅ではその乗務員さんに付いて来てもらい
外から無事元の両に乗車することが出来ました
一時は鍵を閉めた乗務員に
荷物を取られはしないかと、はらはらドキドキ
その後はゆっくり眠れ
朝には、持参したタッパーの中のおにぎり
シシカバ、ハンバーグ、玉子焼きを
テーーブルクロス付の寝台車の部屋でいただきました
ブカレストのノルド駅に到着したのは2時間半遅れ (拝借品)
電車を降りるとすぐに客引きが・・・・
私はブカレストに泊まる予定がなく
ブラショフに行くからと断ると
今の時間は電車がないから
ミニバスで行けと非常にしつこい!
その後もいっぱい客引きが付いて来ました
この後もルーマニアのでは色々と・・・・
なぜ今回ヨーロッパを周ってここが最後になったのか解りました
本能的に知ってた様です
それは後ほど
ブカレスト駅では、客引きを追い払い
電車で行くからとバスを断り
肝心の電車は着いてすぐ10分後くらいにブラショフ行きは在りましたが
なんとルーマニアではチケットが発車1時間前にならないと買えないのです
その為、チケット売り場ではいつも長蛇の列
間にあうはずがありません
おまけに両替も済んで無いと来れば尚の事
駅以外に街中にチケット予約センターは在り
次の電車は4時間後という事で
その時間を使い国民の館のツアーに行って来ました
ここくらいしか首都ブカレストでは
見るところが無いと聞いていたので
この川を渡るともう直ぐ国民の館
これが地上八階、地下五階の国民の館
中の見学はツアーのみです
国民の館とは名ばかりで
実は今は亡きチャウチェスクが
約1500億というお金を投じて自分のために造らせたもの
ただし、未完の宮殿
大きさは世界の官庁、宮殿の中で、
アメリカのペンタゴンに続く大きさとか
全て大理石(拝借品)
劇場には5トンもあるクリスタルのシャンデリア
これも全部大理石でした
部屋数は何と3107
地下5階は核シェルター
その他、天井、壁、窓枠は金の装飾です
総面積2200㎡の大ホールは
巨大な赤い絨毯が敷き詰められ圧巻でした
では、今日は話が長くなりましたが
次回は、ブラン城
別名、ドラキュラ城という事で
また







