一晩のほとんどをトイレで過ごした私は
一番に起きて6:30には出発
真っ暗なこのベッドを横目に歩き出す(拝借品)
先ずはこの道を真っ直ぐ(拝借品)実際は真っ暗闇です
そして下り坂(拝借品)
丁度こんな感じでこの辺りで明るくなりました(拝借品)
住宅街に突入(拝借品)
この写真のこの辺りの道路の脇で腰を下ろし休憩
持ってたバナナをやっとの思いで食べきる
本来ならばビラフランカまで行く予定でしたが
そんな気は毛頭無く
兎に角約8km先のポンフェラーダまで何とかたどり着く事が目標
モリナセカに医療機関があればこの日は歩かなかったのでしょうが
村に医者は0
早く病院があるポンフェラーダまで行くのが先決でした
もうフラフラです
ズボンのベルトも気持ちが悪くて締められずあけた状態でした
下り坂も終わりもうすぐ町です(拝借品)
やっとアルベルゲに到着(拝借品)
8:15 何とか間に合った
まだ宿泊者がいるうちでないと門が開いていないと思い
必死でした
玄関正面を入った所(拝借品)
写真のようにまだ出発していない人達でいっぱいです
この人達がいなくなるのを待って
体調が悪い事を話し泊めてくれるよう頼みました
管理人風の黄色いTシャツを着たスイス人の人はいやな感じ
片や女の人は直に部屋を提供してくれた
通された部屋は掃除の都合で男性用の部屋
(この宿のみ男女で部屋が分かれていました)
すぐに寝袋を出して横になる
すると一時間後くらいに背の高い若い男性がやってきて
彼も夜中に4回 吐いたと言ってやはり寝込んだ
一時までベッドにいて
コーラが飲みたくて起きてダイニングへ
ダイニングの販売機は使えず
スイス人の人に外を指されました
外を見ると管理人の女性、そして
韓国系アメリカンのパトリシアとイタリア人が・・・
ここのベンチに座っていました(拝借品)
やっと外の自動販売機でコーラを手に入れる
女の人に病院に行く様に言われ
コーラを2,3口飲むとまた吐き気・・・
すぐに玄関左手のトイレに駆け込む
もう吐くものも無くコーラ色の水がそのまま出てきた
(汚くてすみません)
男性用の部屋は左手(拝借品)
その後皆で病院へ
皆と云うのは他に足の故障者が2人
パトリシアはスペイン語が分かり通訳してくれた
今回も女医さんで英語は余り話せませんでした
帰りに薬局に行くけどシエスタのせいかお休み
カメラを持っていかなかったのが残念
そこは便利
写真を探してきました
坂を登ると旧市街地です(拝借品)
城壁です(拝借品)
雰囲気良いでしょ(拝借品)
旧市街地中心の様子(拝借品)
宿に戻り『星の巡礼』を昼寝を交えて読み終える
終着地点のサンチャゴまで残り約一中間の行程です
ポンフェラーダ、ビラフランカ、セブロイと読み進んだ
外に出るとマリアおばさんが・・・
そして日本人の人も
ロンドンに5年、マドリッツドに25年だそうだ
奥さんはイギリス人で日本語がペラペラ
外国人特有のアクセントもありません
話しを聞いているとまるで日本人でした
因みに、日本人の旦那さんのお兄さんはトロント在住
日系企業に勤めていてまとまった休みが取れず
三分割して最後の回の巡礼だそうです
サンチャゴの後に行くフィネステーラや
ポルトガルでの食事の事など色々な情報を頂きました
それから3年前まではアルベルゲの状態が
非常に悪かった事も聞きました
この後カメラを持って再度一人で旧市街地へ観光
旧市街地の門
旧市街地
宿に戻ると宿の女の人に調子はどう?と聞かれる
もし悪ければもう一泊して良いよと
けど、宿の掃除も手伝ってねと冗談半分で一言
良い人だ
パトリシアは色々助けてくれ薬も2種類頂きました
彼女はアストロガがスタートで歩き始めて未だ4日目
前日は峠の途中のグルメの村に一泊したそうです
部屋も一緒で
こんな部屋でした(拝借品)男性用より狭い
このアルベルゲはスイス人が経営らしいです
そして私達の泊まった時でしたか
アルゼンチンからのオーケストラの楽団の人達がここに泊まっていました
丁度アルゼンチンが経済危機で貨幣価値がそれ以前の1/3になった後の事です
1999年から2000年にかけてメキシコに行った時
アルゼンチンからの観光客の羽振りが良かったのを覚えています
その後急落してしまったわけです
だから、ホテルの代わりにここを使ったのも仕方ないのかなと
当時思いました
では、また次回


















