ブログネタ:この人自分のこと好きかもと思う瞬間
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こんばんわ。管理人のノクです。
今日は「心配」という事について少し話をさせてください。
何人かの友人のブログを拝見する中で、「心配ばかりさせて申し訳ない」と詫びているエントリーがあった。
ご家族に心配ばかりさせてごめんなさい。
ご友人に心配ばかりさせてごめんなさい。
ああ。そう言える心根は本当に優しいよ。そして今のあなたのご年齢まで優しい心をずっと失わずに来れたという事は、素晴らしいご家族に囲まれているという何よりも確かな証だと思う。
その優しさが、「誰かに心配させている」ことを申し訳なく思い、その思いがあなたの心を傷つけているのなら、どうかオイラの話を聞いて欲しい。
誰かを心配する、という心の動きはとても有り難いものだと思う。ただ、敢えて冷淡な言い方をすれば「心配」というのは、「オレがいなかったら、干渉をやめたら、事態はもっと悪化する」という、心配する側の思い込みが根底にある。「オレの言う通りにすればこうはならなかったのに」という思い込みが、必ず根底にある。
親御さんのお気持ちを少し代弁しよう。我が子が心配、というのは「自分たちは永遠に今の年代で今の生活水準を維持できるわけではない」事をよくよく理解した上で「自分たちの力が及ばなくなった時、我が子が今のままだったら事態は一体どうなるのだろう?」という不安から出てきている。
親御さんは、わが身の限度限界をよく見極めた上で、我が子の行く末を自分の事の様に不安に思っているんだ。
それでは次は「心配される」方だよね。
「する方の気持ち」をここまで書いたのだから結論は8割方お話してしまったようなものです。
「する方の気持ち」をここまで書いたのだから結論は8割方お話してしまったようなものです。
「心配する方」は「心配がなくなった時の、ハッピーエンドの姿」を明確にもっている。でも「される方」は心配する人の望んだとおりに生きなければいけない義理なんてひとつもないんだ。
まだ親御さんの稼ぎで生活している、社会人になる前の友人にお伝えしたい。親が子を育てるのはね、当たり前のことなんだ。子供は感謝を覚えた方がいい。恩に感じた方がいい。でも隷属する必要はどこにもないんだよ。
親御さんが表面的に口にする「こうあるべき姿」に必ず応えなければいけない義理などどこにもないんだ。育ててもらうのは子供の正当な権利だ。生活権を人質にとられているから言う事をきかなければいけない、なんて事はない。
親御さんがどんなに心配したって、役者の卵は役者を目指す。
親御さんがどんなに心配したって、自分たちの恋を見つけた二人というのは、あさっての方向に突き進んでしまう。
心配をしてもらうという事を、返す約束をして借金したみたいに考える必要はない。
もう少し、話を進めよう。親御さんの本当に望んでいることはね。なんとかようやく、でもいいから、子供がひとりで生きていけそうだ。と実感することなんだ。生きているだけで充分なんだ。
ただ、今の世の中は中々に生きづらい状況がたくさんある。社会の厳しさをよく知る親御さんなればこそ、生き抜く力を見せて欲しいと願うのだろう。
19歳になった、20歳になった、20歳を越えた。親御さんの「心配ばっかりかけて」という語調がどんどんきつくなった。これはね、あなたと歩んだ道のゴールが近いと親御さんが察しているからだよ。例えが適切ではないけれど、あなたという一等大事なサラブレッドに、ゴールを直前にして「一緒に勝利のゴールをくぐろう」とムチを当てている。そんな状況だ。嫌ったからじゃない。失望したからじゃない。だからあなたが「痛かった。嫌われた。全否定された。こんな自分でごめんなさい」と立ち止まる必要は全くない。
親御さんに心配をかけている、という事があなた自身の存在価値を失わせているという考えは間違っている。
心配はね、する方の勝手なんだ。だから無視していい、拒絶していい、という話ではないよ。返せなくなった借金の返済を待ってもらう様な申し訳なさを感じる必要は、ない。という話です。
心配はね、する方の勝手なんだ。だから無視していい、拒絶していい、という話ではないよ。返せなくなった借金の返済を待ってもらう様な申し訳なさを感じる必要は、ない。という話です。
「もっとちゃんとしなさい」「ちゃんと、が出来ません。わたしはダメな子です。ごめんなさい」「ああ、なんて不甲斐ない事を言う子だろう」「それじゃあ、生まれてごめんなさい。私だって消えたいです」
この繰り返しの先に、幸福への近道はないよ。
「もっとちゃんとしなさい」「ちゃんとしたいです。でもコレとコレが足りません。何とかしてください」
親子なんだから。それでいいんだよ。
心配ばかりかけている子、と自分を悲しむ日々から、それではどうやって抜け出そう?
オイラが、こっち。と手招きするわけにはいかない。あっち。と指差すわけにもいかない。
オイラは、あなたが本心望んでいる夢をまだ知らないからね。
時間をかけてもいい。「本当になりたい自分」を考えてみてください。そして「心配かけてばっかりなのに、自分の夢なんて」と思わないで。「自分の夢」が最優先なのだから。
時間をかけてもいい。「本当になりたい自分」を考えてみてください。そして「心配かけてばっかりなのに、自分の夢なんて」と思わないで。「自分の夢」が最優先なのだから。
ラストにもう一つだけ。特に学生さんの友人にお話したい。音楽でも美術でも、一度目指した道があったのなら。そこからやり直したって充分に間に合う。日本一の売れっ子一人しか生き残れない業界なんてないんだ。とことん突き詰めれば、なんとか食べていく事はできる。才能は、自分で信じることも大事だけれど、自分でその有無を判断してはいけないよ。才能は、その道のプロが若手の中から見出すものだ。プロの世界に飛び込む前に諦めるほどもったいない事はない。
時間をかけてもいいから、心配をかけない自分を目指すよりも自分がなりたい自分を探しなおして欲しいと思います。