これから学びたい外国語 ブログネタ:これから学びたい外国語 参加中


言葉にしてしまえばたいした問題ではない。-noku
こんにちは。管理人のノクです。

仕事の話だがね。有り難い事に多くのお問合せをいただき結局土日も夜も関係なしになってしまった。

もちろん、立ち上げ作業がほとんどだからコレがずっと続くという話ではないんだが、とりあえずここ1,2ヶ月はオイラ自身がPCの一部品みたいな貼りつき方をしないと仕事が消化できなくなっている。


両極端なんだよなあ。この、閑急が。


いやいや、この年の瀬に仕事に追われること自体、とてもありがたい事だ。感謝をしなければいけないね。



しばらくの間、ブログネタを中心にブログを運営しようと思っています。


ブログネタを扱うと画面の中で小さい赤ん坊のキャラクターが育つんだねえ。名前をノク乃風にしたんだが、なんだか可愛らしくて少し育てようと思ったんだ。




さて。これから学びたい外国語。という話です。


このブログを古くから(そうだな。前のブログの頃から)ご存知の方は「ああ、やっぱり。予想通り」という話になりそうで恐縮なんだが。



外国語を学ぶ前に自国語の表現力をもう少し深めた方がいいと思うね。これは、オイラも含めた殆どの人に対してそう思う。


外国語を理解して、笑われない様な発音ができて、さて一体何を話したいんだろう?
その話したい内容は、習得した外国語でなければ伝えられない内容なんだろうか?


外国で既に完成されている技術を学ぶ為にその国の言葉を学ぶ、そうだな。例えばフランス料理を学びたいという志が募ってフランス語を学ぶ。逆に外国で自分の持つ技術を根付かせたくてその国の言葉を学ぶ。医療や建設なんかでよく聞く話だよね。


学びたい、伝えたい、何かがあって情報のやりとりのために必要な言語を学ぶという動機なら、その順番が守られているのなら外国語を学ぶ事にオイラなんの異論もない。とても崇高な知識欲だと思い頭が下がる。


そうだ。もうひとつ。外国の文学に触れて、原書を深く理解したいという動機も素晴らしいと思う。
また、言語体系の違い自体に興味を覚え、それが高じて通訳になってしまった知人もいる。とても旺盛な知識欲をもっていて、しかも職業にしているんだ。素晴らしいね。



一言異論を唱えたいのは、学びたい世界・伝えたい世界をもたずに外国語を学び、そしてその事をステータスの一つに付け加えようと言う発想なんだ。その国の言葉というのは必ず、その国の民族性や思想、宗教観念と密接な関係がある。その背景に興味も敬意も持たないままに言葉を覚えて、誰と何を話すつもりなのだろうか。


自分の生まれ育った国が持つ国民性や思想を曲げず、また相手の思想を深く知る心積もりがないのなら、信頼できる通訳さんを雇った方がよほど間違いがない。


日本の言葉文化に興味がなく、自分の国の流儀を押し通す事に何のためらいも持たない外国人が、聞きかじりの日本語を話せたとしても友人になれるだろうか。


どんな外国語を学びたい?という質問には言葉をアクセサリーや、ステータスとしての箔付けに捉えている様な印象があるんだ。そんな浅薄な語学力で、さあ現地でたくましく生活する市井の人と対等にやりあえるのかな?と疑問に思ったよ。


通訳さんを介してもいい。外国の人が「日本の事を知りたいのなら、この人に」と思う程に、まず自国の言葉と文化を知ることに努める方が先だと思うんだ。