言葉にしてしまえばたいした問題ではない。-noku
こんばんわ。管理人ノクです。

再開できそう、などと言っておいてやっぱり日々に忙殺されています。


今日は12月11日。オイラ30代最後の夜です。


ははは。一夜あけたら40代か。早いものだ。



お嬢さん方からみたら・・・と書きかけて。ははは、19歳の方や、そうだな、20代半ばの方からみたら、39も40もおっさんに変わりはないな、と妙に安心した。



さて、少し昔話をさせていただこう。これでも少しは感慨深いものがあるんだ。



20代の頃は、毎日が何か得体の知れない不安感に追い詰められ続けていたな。


成功を焦りすぎては失敗することを繰り返して、常に同い年の人間が社会的にどんな立場にたっているかばかりを気にしていたな。


学業を修めた友人に劣等感をいだき、早くから社会に出て頭角をあらわした(と、いっても所詮は小僧っこの成功だったんだがね。とてもまぶしく見えたんだ)友人を見ては嫉妬の気持ちに苦しんでいた。



何かしらの事業に対して、成功することだけが唯一無二の目標であり、ノルマである様な気がして、自分の頭の中だけで描いた成功の形に、現実があてはまらないと怒りすら覚えていたね。



20代最初を社会人のスタートラインと仮に定めると、オイラ20年の間に2回ほど事業を失敗している。失踪も1回経験したよ。この時は大きな借金を抱えていた、とかではない。「成功していない自分でも存在できる場所」がどうしてもみつからずに、フラフラと失踪してしまったんだ。


在籍していた会社を、一方的な通告で辞めて車に乗ってそのまま関東を飛び出してしまった。そのまま住む場所もみつからないまま、履歴書の必要ない職を転々として1年半ほど車に乗って生活していた。



思い返せば完全に、それも酷い状態の鬱だったねえ。ただ16,7年前はメンタルケアという概念が社会になかった。もちろん、オイラ自身にもね。鬱病といえば「監視が必要な自殺念慮者」か「ブラブラ病の根性なし」かのふたつに一つしかなかった。最近の、心の病に対する社会整備は目を見張るものがある。


オイラが好きな季節は冬なんだ。あたたかい服を着ているだけで幸せを実感できる。あたたかい部屋にいられる幸を噛み締められる、というのが理由だけれど。原体験はこの頃の車の中だけで過ごした冬の寒さだろうね。


思考が停まる寒さだったよ。ははは。



そして30代前半で、さまざまな人とのご縁の中で事業の中核に座る席を得ることができた。このときは、座った途端に風評被害で会社が倒産してね。こちらの未払いが原因で連鎖倒産する会社がいくつ出るのか、そもそも自社の従業員の生活はどうなるのか、そんな金の話づくめの中で、社員の給料と小さい会社への支払いを済ませ、

あとは国税と大手の取引先だけ、というトコロでまた鬱に倒れた。


この時は、投薬でゆるやかに快癒を目指したけれども。そうだなあ。鬱から完全に立ち直ったと実感できるまでに4,5年はかかったな。



倒産から、鬱で倒れた期間にはもうハニーと出会って結婚していたからね。随分と苦労をかけた。
心が沼のように淀み死んでいる様を毎日見せ付けられたハニーは、とても辛かったろう。終生をかけてハニーに尽くしても返しきれない恩と愛情をうけとったよ。



そして、まあ何とかかんとか鬱からもぬけたなと実感できてさらに5年。社員として企業に勤めて。


40歳を区切りにもう一度独立を志したい。と相談したら、ハニーは笑って「楽しみにしている」と答えてくれた。


オイラの好きな物語のワンシーンを思い出したよ。



「男が、心底惚れた女に一番言いたいセリフはなんだと思う?」という問いだ。物語の中で、そうきかれた少女は「ありがとう?」と答える。少女に質問を投げかけたのは人生の大先達の老女だ。


老女は笑って首をふって答える。

「お礼を言われる様じゃあ、女もまだまだ半人前。男が心底惚れた女に一番言いたい言葉はね」



「すまない」。




ははは、オイラもその通りの受け答えをしてしまった。





そして、明日からは晴れて40代。



小さく、手堅い商いから始めようと予定していたら、予期せぬご縁から出資の申し入れをいただきもした。
こちらが予想していなかった大手企業からも、是非にとの問合せをいただいた。


そうだ、結論の前にもうひとつだけ、お話しよう。


20代の頃。成功することだけがゴールと思い込んでいた。


そうじゃない。そして、商いに限った話ではないとも思う。目指すべきは、ご縁あった方への恩返しなんだよ。

商売なら、顧客満足の追及だ。目線の先がお客様以外に向いてしまった商売は必ず早晩破綻する。


ご縁あった方に託された、夢や期待に真摯に向き合う姿勢を保ちつづける、その過程こそが、目指すべきゴールなんだ。過程がゴールというのは、おかしい表現だけれども。人との信頼関係を礎にしていない成功は、文字通り砂上の楼閣なんだよ。


今、同級生の進歩が、同世代の人の動きが、どうしても自分の「満足のゆく成功」のモノサシになってしまっている若い友人にお伝えしたい。オイラもそうだったから、今すぐに解ってくれというのは難しいだろう。


それでも、あなたを幸福へと導くのは「絵にかかれた様な成功者の姿」ではないよ。今、目の前に差し出されているあたたかい人の手だ。とてもありがたいことに、おそらくは、その「差し伸べられた手」は、あなたが握り替えそうと思うその日までずっと差し伸べられたままでいる。


うんと心が疲れ果てたら。すがろうと思っていた夢が千切れてしまったら。その先に、差し伸べられた手が見えたらば。臆したりせず、恥じたりせず、その手にすがってみて欲しい。



また・・・随分好き勝手に書いたものだな。



それでは、さらば30代。と書き記そうか。ははは、いい気分だなあ。