事の発端は、先週。
一週間通学してみて、ちょっと精神的に来るものがあったので、引っ越ししようと思いました。
キッカケになったのは、11日の大余震です。私が今住んでいるところには、地域単位で考えても、周囲に知り合いがいません。これは緊急時には、とてもキツイです。現在の状況から考えると、いつ大きな地震が来るかわからない状態ですので、毎日ピリピリです。三日間は眠れませんでした。一週間はご飯を吐くし、キモチワルイくて大変でした。知り合いがいるところであれば、幾分か気持ちが楽になるだろうと思い、藁にもすがる思いで引っ越しを決意しました。
そこで、せっかく引っ越すなら、知り合いが近いだけじゃなくて、通学しやすい方が良いなと思ったんです。現在、通学に際しては、乗り換えが最多で四回です。しかも内二回は地下鉄への乗換なので、長い階段が多くてしんどい。いくらエスカレーターがあるからと言っても、急いでいてはなかなか思うようになりません。

なので、いろいろ調べて今のところよりもはるかに通学が楽で、知り合いが近場にいる沿線をしぼり、その付近に引っ越そうと決めました。
幸いその沿線は学習環境に良い感じの施設もありますし、ちょうどいい感じだったんです。本当に。

それでも、まぁ情けない話なのですが、私はいい年して親の脛齧りなのです。よって、当然、自分の一存では決めかねます。親の承諾が必要なるわけなのです。でも、承諾を貰う前に、大体引っ越したい街の家賃相場を知っておいた方が、話が楽に進むだろうなと考えました。そこで、不動産屋に連絡を入れて、いくつか物件を見てみることに。
今思えば、それが大きな間違いだったのかもしれません。

そういうわけで先日、不動産屋に行ってきました。
そしたら、予想外に営業の方が頑張ってくださいまして、条件にバッチリ合った予想ではありえないクラスの物件が発掘されちゃったのです。まぁ、実際見てみて、収納とかいろいろダメなところあるだろうくらいにしか考えていませんでした。しかし、実際に物件を見に行ったら、私が気に入ってしまって。
収納も申し分なくありますし、設備も整っているし、なにより駅に近い。それはもうメチャクチャ近い。玄関から駅のホームがバッチリ見えてしまうほど、近い。そして絶対無理だろうと思ったのに、予算内。


有体な言葉で言うなら、運命を感じました。

何があっても両親を説得して、私はここに移り住むつもりでした。

両親の元に資金がないなら、私の定期預金を解約したって、その物件に住みたかったのです。

でも、ダメになっちゃいました。


ハッキリとした原因があるのですが、オブラートに包んだ言い方をするなら、「物件を管理をしていた不動産屋がソコハカトナク胡散臭い」というところが、父はとても気になったようで、泣く泣くお断りすることに。
私が今住んでいるところの管理会社として、お世話になっている不動産屋は信用ならないというか、仕事がいいかげんな所があるのです。相手が私だから見くびられているだけなのかもしれませんが。そのせいで何度か面倒なことに付き合わされる羽目になりまして、うんざりしていたのです。
だから、これ以上胡散臭い不動産屋と付き合うのは御免被りたいのが山々だったのです。なので、ついぞ強く反対することが出来ませんでした。

申し込みをキャンセルしたのち、さらに一年我慢するよう、釘を刺されました。
「一年我慢して、もっといい所を探そう」ということでしたが、私にしてみれば、不眠とワガママな消化器系が諦めて順応するまで、闘い続けろと言われたようなものです。すごく苦しいし、しんどいです。でも、仕方ないです。
我慢できないなら、嫌なら、院をやめて、働けばいい。それだけの話ですから。
しかし、そういう意図で言われた言葉ではないにしろ、その言葉が今の私にとっては、そういう効果をもたらすことを父は知っていたんだろうかと不安になります。それを知った上で、敢えて私に言ったんだろうかと少し不安になりました。
せめて、家賃交渉がしやすい夏にもう一度チャンスをくれてもよかったのではないか、私は信用されてないのか、とてもガッカリしました。最終的に支払いを任せるしかない身なので、そんなことは面と向かって、とても言えませんが。
尊敬と愛は結びつきやすいけれど、それぞれ違うもの。尊敬してないけど愛してる場合もあるし、愛してないけど尊敬しているというパターンもある。

三月に入ってからTwitterで、少し前から知って尊敬しているライターの方を見かけました。その方がTwitterをなさっているとは知らず、とある炎上騒ぎで知りました。
その発端となった発言は「取材対象に敬意が払えないのなら、プロではない」というものでした。本当にそうだと思います。激しく同意します。


確かに、個人的にお近づきになりたくないし、とても尊敬できない人物が取材対象となる時もあるだろう。けれどプロならば、それらをグッとこらえて、中立的に淡々と取材をこなさなくてはならない。
具体的には、必要以上に持ち上げることもしなければ、不躾な好奇心でもって質問を吹っ掛けることもしないべきである。これはとても大切なことである。


妄想補完と言われても仕方ない内容となったけれど、以上のこと(特に赤字の部分)が前述のライター氏の言いたいことだったのではないかと思います。
日本の報道姿勢の在り方を問う素晴らしい言葉だなぁと心に響きました。

マス=メディアは数を従えています。個人レベルでも世の中に向けて発言できる昨今、数というのは非常に意味があるものであり、恐ろしい力を持ちます。
一般市民を非道な犯罪者に仕立て上げることなど朝飯前のこと。多少の出来心と周到な計画によって、合格通知を手にしようとした受験生とその家族を、戦犯クラスの重犯罪者に偽装することだって出来てしまう。
もはや、ここまでくれば錬金術かと思われてしまうレベルではありますね。しかし、正義と公正の錦の御旗の下にあれば、多少の過激な取材は許されると見ている人間は少なくない気がするんです。
確かに、自業自得という面もあるとは思いますが、一度侵害された人権や名誉は、回復することが大変難しいんですよ。それが、多くの人々に知れ渡っているものであればあるほど。
よって、報道は重大な責任が伴います。さらに踏み込んで言うと、報道の基本となる取材に目を向けるならば、ジャーナリズム魂云々というよりも取材対象の人権が重視されるべきだと思います。
そもそも、ジャーナリズム魂は書きたいことを書くという姿勢を貫くためのペンにこそ籠められるべきであって、混同されがちだけれど、嫌がる人を追いかけて無理矢理にコメントを取ることに、ジャーナリズム魂は注がれるべきではないと思うのです。
後者の態度で書き上げられたものは、ジャーナリズムよってではなく、ただのパパラッチによって書かれたと言っても過言ではないと思います。言論の自由を勝ち取るために、ジャーナリストの先達が闘ったのはそういう下卑た手法の為ではないはずです。

今の日本の、とりわけゴシップ系の報道に多いのだけれど、「とりあえず突撃してしつこく突きまわって真実を探すんだぜ!」と言ったタイプの取材手法には実に辟易させられます。
そのくせ本当に重要なことは、何か情報統制でも敷かれてるんじゃないかと勘繰りたくなるくらいスルーするし、洞察や解説も大抵の場合浅いし、切り口の斬新さがない。
斜め上の意見を狙ってる連中は通ぶったようなことを繰り返すばかりで、もう本当にうんざりなんですよね。
「カメラを持って、マイクを持って、人を追っかけまわしてる根性のある私たちカッコいい!」「人と違ってちょっとクロウトっぽい私、ステキ!」なんて勘違いしていませんか。
こちらとしては、アナタ方の底の浅い正義感と蟻のような視点に、たまらない閉塞感を感じるんですがねぇ。糸井重里さんも仰ってましたが「通とはある意味では非常識の世界」なので無理して通ぶらなくてもいいと思いますよ。
真実究明と宝探しを一緒にして、奇を衒うことと常識を棄てることを同じことだと、のぼせ上ってませんか?冷や水、要りませんか?
とにかく、最も不快に感じるのは、やっぱり取材の対象に俗な感情というか、下世話な興味を感じる取材する方々の行動です。追いかけまわすのもそうですが、そんなこと聞いて何になるんだというような質問をあえてぶつけるとか。
うまく言い表せなくてモヤモヤしていましたが、今回のつぶやきでこのモヤモヤの正体が「敬意の払われていない取材方法」だったんだなぁと思いました。

ここで、思ったのが冒頭の件。尊敬と愛や好感は、必ずしもイコールではないということ。
つまり、「敬意をもって相手に接する」ということは、「相手を愛して攻撃しない」ということではない。つまり相手を必要以上に贔屓したり追及の手を弱めたりすることではないんですよね。
その真意は、「不必要に糾弾して相手を傷つけない」ということです。絶対非難しないというわけでも、罵詈雑言を浴びせるということでもなく。
これは本を読んだ後の考察の仕方にちょっと似ています。主人公に寄り添いながら物語を振り返り、妙だなと思ったところでは、時に突き放して見てみる。敬意をもって接するって、そういったことなんだと思います。
この曖昧模糊とした表現は、尊敬という単語だけでなく、尊重とか、尊厳を守るとか、そういう言葉でも言い表せるでしょう。

一生懸命何かを調べて、それを結果としてまとめるという行為はとても大変なものです。その過程でいろいろと愛着が沸いて、感情的になることも人間だから当然あるでしょう。
けれど、彼らはプロなのです。感情的になることなく、適切な素材を集めて、できれば鋭い洞察でもって、あらゆる事象を読み解いていくのは彼らの義務です。近年のジャーナリズムを見る限りでは、恥ずべきことながら、それが出来るようになることが彼らの急務でもあります。
お金が発生してる以上、一定の質を保ったものを一定期間に一定の量、生み出すことがプロの仕事の本質であるので、出来て当然のことと言えますからね。
春本番が間近、花粉症の季節ですね。ツイッターのタイムラインでも皆様大変なご様子で、春という季節に潜む悪魔の恐ろしさをひしひしひしと感じます。
かくいう、私も花粉症とは幼少のころからの付き合いで、しかも割と重度なんです。今のところ身をもって体験した症状としては、鼻炎、目の痒み、肌荒れ、喉の痒みや倦怠感です。医薬品を飲んでいなくて、本当に酷かった時期は、着てる服に肌が荒れすぎて血が着くほどでしたし、外出先で定期的に点眼しないと辛くてしょうがないほどでした。
でも、今年はあらかじめ花粉症用の薬を飲んでいますので、何事もなく過ごせています。

ここに至るまでにいろいろと試行錯誤したことについて、今日は書いていきたいなと思います。
ただし、先に断っておきますが、私は医療従事者でもなんでもありません。単に、花粉症と付き合いの長いだけの患者です。だから、間違った知識を書いてしまっているかもしれませんので、気になってしょうがないことはご自分で調べてみることをおススメします

今日日、私の飲んでいる薬は抗ヒスタミン剤で、「アレグラ」というお薬です。
記憶が正しければ、日本ではおおよそ10年前に発売になったお薬なのですが、このお薬は本当に優秀です。何が優秀かというと、飲み始めから効き始めまでの時間が短い割に、副作用が少ないお薬なのです。

これは本当に凄いことです。というのも、アレルギーの薬とは一般的に、飲み始めから効き始めまでに数日から数週間かかるのが普通だった時代があったんですよ。
アレルギーの症状は全身的なものなので、薬の成分の血中濃度が一定値に保たれて初めて薬の効果が現れるんです。だから、その「ある一定の基準」になるまでに、薬を飲み続けなければならないんです。

そうでない薬、例えば私が昔からとてもお世話になっている、「ザジデン」という薬があります。この薬は症状を抑えるという点だけ見ると、とても優秀で、飲み始めから効き始めまでの時間はかなり短いです。でも、眠気という副作用が高確率で現れる薬だったので、そこがとても大きなネックでした。
私もよくザジデンのお陰で船を漕いで、授業中に先生に叱られていたことを薄ぼんやりと覚えています。

その次くらいにお世話になった薬は、やはり効き始めまでに時間がかかるので大変でした。私は忘れっぽくて、薬をちまちま程度しか飲まないので、薬が体に合わないんだか、単純に飲み忘れているせいなのか、よく判らなくて大変だった時期もあります。
でも、一日一回のお薬だったので、何とか忘れずに飲めるようになり、何とか皮膚炎と目のかゆみからは解放されました。

花粉症の治療で試してみたのは薬だけじゃありません。鼻の粘膜をレーザーで焼く治療も試したことがあります。
きちんと麻酔して、かかりつけの耳鼻科の先生に施術していただきました。なにぶん10年近く前の話なので詳しいことは思い出せませんが、鼻の粘膜を焼くニオイがなかなか独特で不気味な感じがしたこと、カサブタが詰まってあんまり効果がなかったことははっきり覚えていますちなみに、同じ先生に同じ施術をしてもらった弟は良く効いたようで、それ以来鼻詰まりを患ったことは無いそうなので、おそらく効き目には個人差があるのではないかと思われます。

以上が私が今までに体験した花粉との闘いの記録です。この闘いはおそらくまだまだ続くことでしょうが、いつかは減感作療法などで根本的な治療に励みたいなぁと思ってます。

減感作療法は、アレルギーの原因となる物質であるアレルゲンを体内に少しずつ入れていく治療です。そうすることで過敏な反応がなくなり、花粉症が治るというカラクリです。
そもそも、アレルギーとは、体にとって害がないものを免疫系が「害がある」と間違って判断することで起こるものなので、免疫系に「これは害がないんだよ」と教えることが減感作療法の目的なのです。
これだけ聞くと、まるで夢のような治療法だと思われますが、減感作療法は時間をかけた治療が必要だし、体内に入れるアレルゲンの量を間違うとアナフィラキシーと呼ばれる過激なアレルギー反応を引き起こす恐れがあるので、主治医の元でゆっくりしっかりした治療を行わなくてはなりません。

アレルギー体質って簡単に発動する割に治りにくいんですよね。本当にゲンナリしますが。