そのお友達がまだソウルに滞在してるので
一緒にナイトマーケット行ってきました
そこで南米のグアテマラで
心配人形ってあって~
その子に心配事を告白すると
それをさらってってくれるっていうものらしい

それを可愛くてアレンジされてて~
その作家さんは更にアレンジして
ありがとう人形を作られてたんです
まさにそれ!!!
と思って~苦笑
でもすぐ不安にもなるから、
心配ちゃんと感謝ちゃん
一人ずつ我が家に迎えました♪

ふふ♥
可愛い子ちゃんに出逢って幸せ♪


お昼に書くには。。。辛い
赤裸々シリーズww
でも今日から母と姪っ子がくるので、夜は夜で書けないので。。。
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②の事故から私は、子供の泣き声・パニックに陥った人の叫び声
何かが破裂するような大きな音・救急車のサイレン音
これらを聞くと、事故の事を鮮明に思い出して、精神不安定状態に陥るようになりました
なので、当時の職場であった病院の外来・救急対応の近くは
地獄のような場所でした
精神科もある病院だったし、2次救急指定だったので
常にこの3つの音は溢れていたんです
それらで私は職場で倒れてしまい、
自分が救急対応される身になって、自分が精神科にかかることになりました
その時に一先ず 2週間程度の診断書が出て、会社に行けなくなりました
その後は、担当医の先生と二人三脚で、上司とも相談して
職場移動しながら、少しずつ仕事をしていきました
でもここで無理しなければ良かったのに
自分の道に気づけば良かったのに
職場のすべてが、なぜダメになったのか気づけば良かったのに
次の苦しみはすぐにやってきました・・・
私は自分の状態が、精神的に不安定ということをわきまえず
仕事の環境が悪くなれば、自分で何とかしようとしてしまいました
勤務制限中なのに責任を負って、残業してはいけないのにして・・・
例えば、私の好きな人が、同じことをしていたら
私は全力で止めたと思います
でも私は自分の事を好きでなかったのか?
いっそ苦しめたかったのか?
全力で止めるどころか、けしかけました
精神科の先生に勤務制限をやめてもらうように頼んで
自分の精神状態を麻痺させたまま、無理を強いました
でもその時の私にはそうするしか
自分自身を認めることが出来なかった
診断書で自分自身が会社の重荷のような・・
自宅でも甥や姪が兄弟喧嘩するだけでパニックになって
家族に迷惑をかけてる負い目・・
だから必死で役に立とうとした
早く平気になろうとした
普通になりたかった
まともになりたかった
いつも自分が不足してると自分を追い込んでいった
。。。。。。そして風船はまた割れた
私がまた壊れた。。。④へ続く