no,2512 飛鳥の朝廷(その33) | 古代史のページ福さん

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yahooブログからの移動です。日本の起源などに興味があり、神社や遺跡巡りをしています。果たして何歳まで活動できるかは?ですが。

プンプンショボーン 理由あり男の独り言(369) 泣くうさぎムキー

★青木 理氏の話

「テレビのメインキャスタ~~がコマ~シャルに出るのはNG」

「中立的に司会進行できないのなら、それは忖度につながる。」

その通り でっす!

◆聖王の時代にも日本は欽明十四年(553年)

医・易・暦などの博士らの「番に依りて上下」すべき事を百済に伝えている。

○雄略朝には窯業や織物・武器などの製産技術に象徴される物質文明が伝えられる。

○継体・欽明朝にはさらに進んで、儒教や仏教・易や暦など高度な精神文明への意欲も高まっていったと言ってよい。

▲筑紫国造の反乱

継体朝の時代の新羅の国王は、まずは智証麻立干(ちしょうまりつかん)次いで法興王であった。

○この麻立干という号を止めて法興の時から「王」と称したといい、これからの歴代は「王」と書いて「麻立干」と区別している。

○これらの王号の諡号は死の後におくられるようになった。

天理市に鎮座する