古代史のページ福さん

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yahooブログからの移動です。日本の起源などに興味があり、神社や遺跡巡りをしています。果たして何歳まで活動できるかは?ですが。

ショボーンショボーン 「人生」ほどほどに (92) ムキープンプン

★二番煎じの茶番、そんなことお辞めになったらいかが

汚染水放出、それが安全だと三陸沖の魚を造りでお食べになる??

太平洋を回遊する魚には関係ない、根付いている近海魚。養殖の海産物が問題なのだ。そんなことなど素人の私でも理解できる。

◆改新の前夜

○山背大兄王家の滅亡

入鹿は皇極三年十一月小徳の巨勢徳大臣・大仁の土師娑婆連らを使わして、にわかに斑鳩宮の山背大兄王の一族を襲わせた。他に軽王、大伴連馬甘(うまかい)も加わっていた。

▲中臣氏のおこり

中臣氏は神話の天児屋根命を遠祖とし、神事を司る家柄として古い歴史を誇り、神功皇后の物語にも大三輪・物部・大伴の諸氏と並ぶ四大夫の一人として中臣・烏賊津が登場する。

○欽明朝には中臣鎌子が

*敏達朝には中臣勝海

延喜六年作の「大中臣延喜本系」には

由来の正しい中臣家の系図には鎌足の曾祖父の常磐について

”右の大連、始めて中臣連の姓を賜る。磯城嶋宮に御宇(あめのしたしろ)しめしし天国押開広庭天皇(欽明)そ代、特に令誉を蒙りて恪勤供奉”といっている。