拾遺愚想 - 越境する妄想団 delirants sans frontiere -18ページ目
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コード46

 映画「コード46」を見る。その昔、「惑星ソラリス」では東京の高速道路が未来風景だったが、現在では上海が未来風景だ。 エフィンジャーの「重力が衰えるとき」のアラブ世界は中国に追い抜かれたということだろうか、と思っていると、ちゃんとドバイの付近が登場した。未来風景ではないようだけれど。始まりのところは ゴダールの「アルファヴィル」を想起させる、好感のもてるSF映画だ。すじだてには判らないところがあり、疑問は解決されないまま終わってしまうのだけれど。

品田 雄吉, 原 正人
KADOKAWA世界名作シネマ全集〈第6巻〉SF映画の傑作―「猿の惑星」「惑星ソラリス」
ポニーキャニオン
アルファヴィル
ジョージ・アレック エフィンジャー, 浅倉 久志
重力が衰えるとき


てげてげ

 またサッカーワールドカップの季節である。2002年の時、韓国戦での「てーはみんご」の大合唱に驚いた。これが「大韓民国」の朝鮮読 みだと気づいたのは大夫たってからのことだった。「大」を「てー」と読む。
 宮崎弁として有名な「てげてげ」は「大概」の朝鮮風読みのようである。日本に残っている漢字の 読みは呉音と漢音で、韓国に残る発音は更に時代が下っているようだ。詳しくは知らないけれど。
 白村江の後、唐の占領が終わり、日本=大和朝廷が成立するとともに、新羅との交流も少なくなっただろう。宮崎弁に残る朝鮮読みは、唐の時代の発音なのだろうか。
 「てーへんだ」というのは「大変だ」の江戸読み。これは関東も唐に占領されていた証拠か。あるいは唐の時代に関東に多数の朝鮮人・中国人が入植したことの証明か。

皇代記

 神道大系版「皇代記付年代記」に目をとおす。随所に「誤りにつき、これを省く」「誤写につき、これを改む」などの記述がある。岩波版「風土記」と同じだ。何が本文なのか判らなくなる。原作者の考えがわからなくなる。まずは原文を掲げ、疑問の箇所に注釈をつけるのがすじだろう。
 ところで藤原定家は書写のさい、気ままに原文を書き換えたということになっている。注釈はむろんないので、原文探索は難航を極めるだろう。『松浦宮物語』は定家の偽作とされているが、原作があって気ままに書き加えたのかも知れない。冷泉家時雨亭文庫の櫃の底に手がかりが残っていると良いのだが。
 「皇代記」神亀の項に、「二年乙丑人丸薨」とあり、その横に「三十八」とある。後から書き込まれたもののようである。万葉集では「死」となっているはずだが、「古今集序文」では正三位だから「薨」にしたのだろうか。「三十八」が死亡時の年齢ならば、人麿ではない別人だろう。しかしなぜかここには注釈がない。「丸」を「麿」にも訂正していない。それはともかく、この頃まで人麿が生きていたという伝承があったのだろうか。
樋口 芳麻呂, 久保木 哲夫
新編日本古典文学全集 (40) 松浦宮物語・無名草子
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