私は
ハードボイルドを好みます。
とは言ってもさほど詳しいわけではありません。
ハードボイルドのどこに惹かれるかを考えると、おそらくその世界観かなぁと思ってます。
何か、世の中を少し引いた目線でみつめる物語が自分にはツボなのです。
ハードボイルドはアメリカ文学の一ジャンルで、
ダシール・ハメットや
レイモンド・チャンドラーが作家としては有名ですし、『古典』でもあります。
「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない。」チャンドラーの小説の主人公、フィリップ・マーロウのセリフとして有名です。このセリフは、
ハードボイルドの主人公の定番的なイメージとして現在は定着してるようにも感じます。
もちろん
ハード・ボイルド小説にはさまざまなタイプの主人公が登場するし、女性が主人公の小説もあるのでマーロウがハードボイルドのすべてを体現してるわけではありませんが、やはり象徴的な言葉です。
ハードボイルドの作家は日本にも多くいます。そのあたりを紹介しようとも思いましたが、今日はテレビドラマ
「木枯らし紋次郎」を紹介します。なぜならこの時代劇が、私が好む
ハードボイルドの世界を最もよく表現できてると思っているからです。
主人公、木枯らし紋次郎は刀の使い手ですが侍ではありません。上州(現在の群馬県)新田郡三日月村(架空の地名)の貧しい百姓の家に生まれ、10歳の時に家を出て渡世人(やくざな世界の人間)になる。その後一家は離散したらしい。
もともと百姓なので、当然に刀の使い方などは知らず剣術は自己流。
紋次郎はそんな設定です。
紋次郎は旅先で事件に巻き込まれて、
仕方なく刀を使います。「あっしには、かかわりのねぇことでござんす。ごめんなすって・・・」と事件にかかわらず冷たく無関心でいるのに相手は許さない。紋次郎としては
殺されたくないので刀を使う。しかも自己流の剣術なのできれいな立ち回りではない。滑ったり、転んだりしながらなんとか相手を倒す。
紋次郎は正義の味方でもなんでもなく、ただただ生きるためだけに無様に刀を振り回す。
私はそんな生々しい生き様の紋次郎が好きでした。
そしてそんな、善悪を超えて、生への執着を描くドラマも
ハードボイルドのエッセンスではないだろうか?と思うわけです。