「見えない敵」との戦いの果てに | 「ならず者」の徒然―歴史学と音楽と―

「ならず者」の徒然―歴史学と音楽と―

20代の歴史研究者が、研究や仕事、趣味である音楽鑑賞と名盤収集を通して感じたことなどを気ままに書いていくブログです。

半ば日記として書いています。

音楽はrock、特に60・70年代洋楽が中心です。

どうぞお付き合い下さい。

 

日曜の夜11時代で放送している「関ジャム」という番組があります。

 

音楽の専門家が楽曲の構造や魅力を分析して紹介する番組です。(一般向けではありますが)

 

勉強になるなと感じているため、ここのところ毎回見ています。

 

 

その中で、先日懐かしい曲が紹介されていました。

 

 

「マシンガンをぶっ放せ」

 

 

 

Mr.Childrenのアルバム『深海』に収録されています(シングルカット曲でもあり)。

 

 

初めて聴いたのは、中学生の時。すでにリリースから13年あまりが経過していました。

当時もその内容に衝撃を受けましたが、今回改めて聴くと、現代、特に今現在の様相を批判した歌のように聞こえました。

今となっては、24年も前なのに・・・

 

 

「殺人鬼も聖者も凡人も/共存してくしかないんですね」

ここまで極端ではないですが、世の中にはいろんな人がいます。

しかし絵に描いたような善人は圧倒的に少数派。多数は我が身さえ良ければそれで良いという考えを持った人が多数。

私もそんな一人なのかもしれません。決して人事ではない。。。

 

さらには行き過ぎた正義感は、他人を批判、いや、そんな優しい言葉では済まないような「弾圧」に近いバッシングへと繋がることがあるように思います。

 

「どうせ逆らえぬ人を殴った/天使の様な素振りで」

最近では”自粛警察”という私刑行為が行われています。

この行為に、上記の歌詞が頭をよぎります。

「天使」は”行き過ぎた正義感”や”匿名の隠れ蓑”と理解すれば、まさに現状を表しています。

また、芸能人の政治的メッセージをバッシングする行為も、これに含まれそうです。

 

 

「どうせ逆らえぬ」。

なぜ、この言葉を信じると、人は他者へ強気になれてしまうのか。

 

 

別のフレーズを。

「愛せよ目の前の疫病を/憎めよ無能なる組織を」

これも現代へのメッセージ。

防ごうと躍起になるも広がる流行病。もはやそれと共存することが必要なのかもしれません。

 

 

まだまだ見るべきフレーズはあるが、最後に二つ。

「天に唾を吐きかけるような行き場のない怒りです」

「僕は昇りまた落ちてゆく何だってまかり通る世界へ」

どうにも成らない怒りを秘めつつ、結局は現状に何も抗えず、甘んじている。そんな状況を述べて締められています。

この曲の歌詞に共感する多くの人と同じように、作詞した桜井さんも、現状に目を向けた際に湧き上がるやり場のない怒りを覚えつつ、抗えなかったのかもしれません。

 

1996年に世に出たこの曲。

 

24年の時を経た今は、”目に見えぬ敵”と格闘する毎日が続いています。

その心的不安から、他者を叩く。疫病を機に様々な矛盾が現前化し、渦を巻く。

そんな現状を、過去の曲が痛烈に批判する。

 

 

過去が、過去ではない、過去になっていないと悟った曲でした。