「・・・・・・」
意識が朦朧としていた。
あの女に鞄で殴られた後、自分は一体何をしていたのだろう。
あの後、あの後、考える程もう何も思い出したくない。その所為か頭痛が酷かった。
ぼやける目を上下左右に動かすと、目の前には机の脚の様なものが重なっている様に見えていた。
そして、そこの隙間から太陽の光が目に差しこむ。
自分の記憶を必死に辿る。
女に殴られた後、自分は呆然としていた。その時、知らない男が自分を抱えて、この部屋につれてきた。
なんの為だろう、この世にも犯罪者は居る。仕方がないが、殺す事も想定しておいた。
自分は、翼を殺すまで死ねない。
そう考えていると、ドアを開く音が響き、部屋の中を誰かが歩き回る音がした。
来た。
上半身を起こそうとするが、今まであまり何も食べていなかった所為か、力が入らない。
なにかカタカタと揺れる音が聞こえていた。
足音が音の方へと向かうと、なにかを触ったのか、その音は止んだ。
陶器がぶつかり合う音、そして机に何かを置く音。
音だけが頭に響いて、何が起こっているのか全く見当がつかない。
足音が自分の目の前まできた時、その人物は膝をついてこちらの様子を伺っているようだった。
「起きてたんですか…。身体を起こせますか?」
そして、その人物が肩に手を掛けようとした時、手が自然に力強くその手を払い除ける。
どこからこの力が湧いたのか、その行動の所為で残りの力を全て使い切ってしまった様に脱力する。
「フフッ…元気そうですね。僕の手伝いは不要でしたか」
低くて優しい声が響く。それが気に喰わない。まるで翼の様だったからだ。
「駄目ですね、少しでも鍋から目を離すと。近くにいる時は遅く感じるのに、離れると早いものですね。」
いい匂いがする。空腹な自分には、そそるような匂いだった。
身体が自然に食べ物を求める。その気力からか、なんとか重い上半身をゆっくりと起こして、机の上をみた。
そこには、日本でも馴染みのある様な料理が並んでいた。
そして机の向こう側には、黒いストレートの髪を少し横に分けた、落ち着いた穏やかな微笑みを浮かべる、自分と歳の近そうな男が一人座っていた。
「…お前は…誰だ。なんで私をここまで連れてきた」
「私はただの学生ですよ。なんであなたを此処まで連れてきたか…それは、あなたの容姿がどうみてもこの世界の人物ではない様な気がして。非現実の世界に踏み込んでみたかったという好奇心からですね」
この男の読みは当たっている。自分はこの日本の人物ではない。
そして、男はそれに、と言葉を続けた。
「貴女の涙に濡れる赤い瞳が綺麗だったから、また見たくて毎日あの場所に居たんです」
動揺した。毎日見ていた、だったら自分があの女と闘った事も見ていたというのだろうか。
この男はこれから自分をどうするつもりなのか、それが気掛かりだった。もし警察にでも突き出すのなら、ここで始末してしまわなければいけない。
「とりあえず、食べませんか?あまり美味しくないかもしれないのですが、少しは体力がつくと思いますよ」
そして、男は箸を持つ。
この男はおかしい。自分は誰かを殺そうとしていた。そんな人物を、当たり前の様に受け入れる。
「…私が体力をつけた後、何をするのか知っているの?」
男は箸を止めた、そして、まっすぐと赤い瞳を見据える。
「また、つばさという人物を殺しに行くんですよね…」
「…それに、お前を殺すかもしれない。私は犯罪者だ。協力したお前も同罪になるのよ」
自分の存在を知られたからには、この男を殺すしかない。
しかし、男の返事は、異端なものだった。
「同罪で構わないです。殺されても構わない。あなたの赤い瞳に看取られながら死ねるのなら、私は本望です」
この赤い瞳を褒めた者は、今まで両親しかいなかった。
皆鬼の様だと、蔑んだ事さえあった。
そんな瞳に看取られて死ぬのが本望、この男が何を考えて生きているのか、少し興味が湧いていた。
「貴女が幸せになる為に人を殺すのなら、今ここで体力をつけてほしい、自分を利用してほしい、ただそれだけの変な人です」
自分が幸せになる為にこの男は犯罪に手を染めるのか、偽善者なのか、そう思ったがその答えは何処か違う気がした。
その時、一人の黒い綺麗な髪を持つ少女が、最後まで男を想って犯罪を起こしていた事を思い出す。
今では、その少女も自分にとっては復讐の相手。
自分にはまだ理解できない未知の世界なのかもしれない。
自分には両親しかいなかったからだ。
そして、思考を巡らせている間に、男は食べ終わっていて食器を洗面所へと持って行った。
机の横に置いていた、黒い鞄を肩に掛け、なにかを開いてみていた。
「私は今から学校なので、ここで失礼します」
男はそういうと、ポケットから鍵を一つ取り出し、机にそっと置く。
「この部屋は自由に使ってください。冷蔵庫に入っている物も食べても構いませんよ。あ、あとその見た目では目立つので、勝手に服を着ていいので変装した方がいいですよ。では」
男は扉へと向かって行き、靴を履き始める。
その後姿を不機嫌そうに見つめる。
「私がこの部屋に戻ってくるなんて、わからないわよ」
男は靴を履き終わると、振り返りもせず返答をした。
「鍵を渡したのは、私の自己満足です。貴女が戻ってきても、戻ってこなくても、私の生活は普通に進んでいくんです」
その言葉からは、何故か哀しさが感じられた。
そして、自分の中にこの男に対するなにかの感情が湧きだしているのには、気付いてはいなかった。
「…わ、私は、遠野都」
自分でも何故名乗ったのか解らなかった。自分に不利な状況を自分で作ってしまう。
しかし、求めていたものは手にいれた。
男は少し顔を後ろに振り向かせ、とても温かい笑顔を見せてくれる。
そして、扉を開けて出て行った。
その時の自分の表情など、鏡をみていないから解らない。
酷い顔をしているかもしれない、ただ、久しぶりに心が温かくなった気がした。
「こんな気持ち、久しぶりね…」
意識が朦朧としていた。
あの女に鞄で殴られた後、自分は一体何をしていたのだろう。
あの後、あの後、考える程もう何も思い出したくない。その所為か頭痛が酷かった。
ぼやける目を上下左右に動かすと、目の前には机の脚の様なものが重なっている様に見えていた。
そして、そこの隙間から太陽の光が目に差しこむ。
自分の記憶を必死に辿る。
女に殴られた後、自分は呆然としていた。その時、知らない男が自分を抱えて、この部屋につれてきた。
なんの為だろう、この世にも犯罪者は居る。仕方がないが、殺す事も想定しておいた。
自分は、翼を殺すまで死ねない。
そう考えていると、ドアを開く音が響き、部屋の中を誰かが歩き回る音がした。
来た。
上半身を起こそうとするが、今まであまり何も食べていなかった所為か、力が入らない。
なにかカタカタと揺れる音が聞こえていた。
足音が音の方へと向かうと、なにかを触ったのか、その音は止んだ。
陶器がぶつかり合う音、そして机に何かを置く音。
音だけが頭に響いて、何が起こっているのか全く見当がつかない。
足音が自分の目の前まできた時、その人物は膝をついてこちらの様子を伺っているようだった。
「起きてたんですか…。身体を起こせますか?」
そして、その人物が肩に手を掛けようとした時、手が自然に力強くその手を払い除ける。
どこからこの力が湧いたのか、その行動の所為で残りの力を全て使い切ってしまった様に脱力する。
「フフッ…元気そうですね。僕の手伝いは不要でしたか」
低くて優しい声が響く。それが気に喰わない。まるで翼の様だったからだ。
「駄目ですね、少しでも鍋から目を離すと。近くにいる時は遅く感じるのに、離れると早いものですね。」
いい匂いがする。空腹な自分には、そそるような匂いだった。
身体が自然に食べ物を求める。その気力からか、なんとか重い上半身をゆっくりと起こして、机の上をみた。
そこには、日本でも馴染みのある様な料理が並んでいた。
そして机の向こう側には、黒いストレートの髪を少し横に分けた、落ち着いた穏やかな微笑みを浮かべる、自分と歳の近そうな男が一人座っていた。
「…お前は…誰だ。なんで私をここまで連れてきた」
「私はただの学生ですよ。なんであなたを此処まで連れてきたか…それは、あなたの容姿がどうみてもこの世界の人物ではない様な気がして。非現実の世界に踏み込んでみたかったという好奇心からですね」
この男の読みは当たっている。自分はこの日本の人物ではない。
そして、男はそれに、と言葉を続けた。
「貴女の涙に濡れる赤い瞳が綺麗だったから、また見たくて毎日あの場所に居たんです」
動揺した。毎日見ていた、だったら自分があの女と闘った事も見ていたというのだろうか。
この男はこれから自分をどうするつもりなのか、それが気掛かりだった。もし警察にでも突き出すのなら、ここで始末してしまわなければいけない。
「とりあえず、食べませんか?あまり美味しくないかもしれないのですが、少しは体力がつくと思いますよ」
そして、男は箸を持つ。
この男はおかしい。自分は誰かを殺そうとしていた。そんな人物を、当たり前の様に受け入れる。
「…私が体力をつけた後、何をするのか知っているの?」
男は箸を止めた、そして、まっすぐと赤い瞳を見据える。
「また、つばさという人物を殺しに行くんですよね…」
「…それに、お前を殺すかもしれない。私は犯罪者だ。協力したお前も同罪になるのよ」
自分の存在を知られたからには、この男を殺すしかない。
しかし、男の返事は、異端なものだった。
「同罪で構わないです。殺されても構わない。あなたの赤い瞳に看取られながら死ねるのなら、私は本望です」
この赤い瞳を褒めた者は、今まで両親しかいなかった。
皆鬼の様だと、蔑んだ事さえあった。
そんな瞳に看取られて死ぬのが本望、この男が何を考えて生きているのか、少し興味が湧いていた。
「貴女が幸せになる為に人を殺すのなら、今ここで体力をつけてほしい、自分を利用してほしい、ただそれだけの変な人です」
自分が幸せになる為にこの男は犯罪に手を染めるのか、偽善者なのか、そう思ったがその答えは何処か違う気がした。
その時、一人の黒い綺麗な髪を持つ少女が、最後まで男を想って犯罪を起こしていた事を思い出す。
今では、その少女も自分にとっては復讐の相手。
自分にはまだ理解できない未知の世界なのかもしれない。
自分には両親しかいなかったからだ。
そして、思考を巡らせている間に、男は食べ終わっていて食器を洗面所へと持って行った。
机の横に置いていた、黒い鞄を肩に掛け、なにかを開いてみていた。
「私は今から学校なので、ここで失礼します」
男はそういうと、ポケットから鍵を一つ取り出し、机にそっと置く。
「この部屋は自由に使ってください。冷蔵庫に入っている物も食べても構いませんよ。あ、あとその見た目では目立つので、勝手に服を着ていいので変装した方がいいですよ。では」
男は扉へと向かって行き、靴を履き始める。
その後姿を不機嫌そうに見つめる。
「私がこの部屋に戻ってくるなんて、わからないわよ」
男は靴を履き終わると、振り返りもせず返答をした。
「鍵を渡したのは、私の自己満足です。貴女が戻ってきても、戻ってこなくても、私の生活は普通に進んでいくんです」
その言葉からは、何故か哀しさが感じられた。
そして、自分の中にこの男に対するなにかの感情が湧きだしているのには、気付いてはいなかった。
「…わ、私は、遠野都」
自分でも何故名乗ったのか解らなかった。自分に不利な状況を自分で作ってしまう。
しかし、求めていたものは手にいれた。
男は少し顔を後ろに振り向かせ、とても温かい笑顔を見せてくれる。
そして、扉を開けて出て行った。
その時の自分の表情など、鏡をみていないから解らない。
酷い顔をしているかもしれない、ただ、久しぶりに心が温かくなった気がした。
「こんな気持ち、久しぶりね…」