まずは出版社のサイトから。

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息子が部屋に引きこもって7年ー。
「引きこもり家庭」のリアル。
絶望と再生の物語。


今なら、まだ間に合う――。
「引きこもり100万人時代」に生きる
すべての日本人に捧ぐ“希望の物語”。
部屋から出られなくなった息子のために、
家族は何ができるのか――。
有名中学に合格し、医師を目指していた長男の心を蝕んだ過去に、
父親は立ち向かう。
「引きこもり100万人時代」を生きる全日本人必読の感動作!

https://www.shinchosha.co.jp/special/8050/


(試し読みもできます)

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ちょっとブラック発動な感想かもしれませんが、ご容赦ください。

あっという間に読み進めてしまえるのに
世の中に伝えてほしいメッセージにあふれた小説だった。
正直言えば、林真理子さんの小説はそんなに好きじゃない(ファンのかたごめんなさい)
けれどこの小説は、「読んでよかった」そう思えた。

そう感じるのは、私も息子が不登校だったあの時代と共通することが
あまりにも多かったからかもしれない。
まるで代弁してくれているかのように感じた。
経験したからこそ、この小説の行間の力を感じられたのだと思う。

8050問題。
いわずもがな、ひきこもりの社会課題だ。



ひきこもりには理由がある。
好きでひきこもりになる人はいないだろう。
10人いれば10通り、いや、何十通りの理由があるだろう。

そんな理由が重なって、社会復帰できずにひきこもりになる。


この小説は、そんなひきこもりの1家庭の物語。
理解のない外野の声に突っ込み入れたくなったり
「あー、その対応しちゃうか…」とやきもきしたり。

不登校やひきこもりの家庭には

わりと家庭不和がある場合も少なからずあるけれど
この小説の家庭も、不登校を容認しない頑なな父親がいる。
子どもの声に耳を傾けず、
自分の「いい」と思ったことが正義であり親として正しい道だと信じて疑わない。

不登校あるあるの
「お前の育て方が悪いんだ」

そんなハラスメントを平気でする父親だ。
対話ができない父親。

けれど、あることがきっかけとなり、7年たってようやく、父は動き出す。



ネタバレしたくないので、詳しいことは書きませんが、

心に残った言葉を、不登校視点からの勝手な解説?つきでご紹介。


「いじめっていうのはな、人の魂をぶっこわすんだよ。
13歳、14歳の魂はよ、一番柔らかくてふわふわしてるんだ。
傷つきやすいなんてレベルじゃない。1度ダメージ受けたら、
もう元には戻らないくらいなんだよ。」



ミステリという勿れ

の久能整くんばりの名言✨





思春期って、みんなガラスのハートを持っている。
不登校の子ども達は、感受性豊かでふわふわの魂に、
学校という場所でダメージを受け続けている。

ダメージを受けたら、元には戻らない。
心が癒えていくにはその何倍もの時間をかけていくしかない。
時間をかけて、自分を取り戻すしかない。
それに寄り添い続けることしか、家族にできることはない。


我が家の場合は、不登校のきっかけは先生との関係からだったけれど
子どもの心をこんなにも壊してしまうことが教育の場で起きていいのかと
やり場のない憤りに苦しんだ日々もあった。

「学校を訴えてくれ。それができないなら、自分が死んで社会に訴える」
小6のとき、息子はそう言って自死しようとしたことがありました。


「幸せに生きてくれさえすればいい。学校なんてどうでもいい。」

そのとき、心からそう思いました。


教育現場では体罰ばかり調査しているけれど

心を壊されてしまうことだって

体罰に他ならない。
目に見えなくても立派な体罰。

子どもの心をこんなにも壊してしまうことが教育の場で行われるなんて、
犯罪でしかないと思った。


そして学校は教師を守り

子どもと家庭には寄り添わないことが多い。


学校っていったい何なのだろう?
教育って、なんのためにあるのか?

いい学校、いい就職をするためにあるのでは決してない。
一番大切な教育の原点を、忘れている人はあまりにも多い。


どんなときでも、大人は子どもに未来への希望を抱けるように向き合うのが
本当の教育だと私は思っている。


受験のための勉強というのは、あくまでその道具の一つに過ぎないのに、
ここに重点が置かれてしまうがゆえに、心が置いてけぼりになっている。


人生生きていれば、当然辛いことには出会う。

そのとき乗り越えていけるのは、

不登校だろうが何だろうが

丸ごと受け止めてくれる支えがあってこそ。


いじめはいかなる場合でも犯罪だ、と強い姿勢を崩さない世田谷区立桜丘中学校での話を

西郷先生から伺ったことがあるけれど、

そういう対応をしてくれる学校なら

きっと子どもたちも安心だ。



「もう一度言うよ。大切なことだから。君の魂を救えるのは君だけなんだからね。」

辛かった時代を、誰かのせいにしている限りは、幸せにはなれない。
自分で立ち上がる。
自分の魂を救うのは、自分だけ。
そしてそのためには気力がいる。
気力は、支えてくれる人がいる、という安心から、たまっていく。
世界中が敵になっても、この人だけは自分を見捨てない。
そんな安心感。
そんな人がたとえいなくても、必死にもがいて、自分を裏切ることさえしなければ
時間はかかっても、自分の魂は救える。



「こんな目にあったんだから、逃げるのは当たり前じゃないか。
息子は登校拒否をしたんじゃなくて、残虐な世界から逃亡したんだ」


心が壊れてしまう場所にいるくらいなら、離れたほうがいい。
学校以外にも学ぶ場所はたくさんあり、自分の居場所は自分で選んでいい。
不登校は、そんな大切なことを教えてくれる。


最後のほうで、お父さんが語る言葉
「子どもと一緒に戦ってください」

これは不登校家庭にぜひ伝えたい言葉。
戦い方はいろいろだ。
子どもは、学校に行かない時間に
自分の心を守るために必死に生きている。

それは、親から見たら「なまけている」ように思えるかもしれない。
ゲーム三昧、昼夜逆転。見ていて辛いと思う。
でも、それは自分をまもる行動でもある。
それをうけとめ、見守っていくことも、一緒に戦うことだ。

一緒に戦ってくれたと感じられた時、
子どもは動き出す。

心にしっかり寄り添ったときに
子どもは動き出すスタートラインに立つことができる。


オトナだって、親だって失敗する。
子育てに正解はないから、
子どもからの反撃を食らって気づくこともたくさんある。
でも、そんなふうにいっしょに転んだりしながら
お互い成長していい関係になるのだと思う。

失敗したら、やり直せばいい。
不登校には、無限の可能性が広がっているよ。

大丈夫。

あなたなら大丈夫。