子どもが宿題をやらない問題で、また学校から電話があって、とうとう先生がおうちにまでお越しになりました。
問題は同じこと。
宿題をやらない。やらないことを反省しない。
放課後、居残りでやってない分をやらせて、そのあとこんこんとお説教で遅くなりました・・・と子どもを送ってきて下さいました。
「すみませんでした。ありがとうございました。」
その言葉に偽りはないけれど。
なんだかしっくりこない。
うわべだけなぞってる感じ。
ほんとうに大切なことはどこ?なに?
宿題は。
「やるべきことをやる」訓練だと思ってる。
「締め切りまでに課題をやり終える」、そのための計画力、段取り力、そういったものを培うための訓練だ、と。
だから、「やらない、とりかかりもしない」というのは一番マズい。まずは取り組む、とりかかる。その上で、要領のよさ、ていねいさ、そういうものを身につけていく・・・というのは、私個人の考え。
でも、今思えば。
子どもに対して「最小限の労力で、最大限の効果」を引き出そうとしていたかもしれない。
「とりかかればヨシ、やってさえいれば花まる」だった、低学年のころからも。
こっぴどく怒られて、しゅんとしながらとりかかってるわが子を見ていると、この子もほんとうは困ってるんじゃないか?って初めて思えて、そう思った自分にちょっとびっくりした。
でもこれ、視点が切り替わった瞬間かも・・・?
もしかして「やらない」んじゃなくて、「やれない」の?
今まで、「なんでこの子は宿題をやらないんだろう」って腹立たしく思ってた。
でも今、「この子が宿題に取りかかれないのはなぜだろう」って思えた。子どもの視点で、宿題を見ることができた。
今思えば、小学校の頃の宿題がその後の学業に活かされた実感はない。記憶にあるのはただひたすら同じ字を書き続ける漢字練習のしんどさくらい。部首ばっかりだーって書いて、今度はつくりをだーって書いたりして。学習法としてはまるで意味がないけどね(笑)
でも、「活かされなかったからやらなくていい」ではないし、やればやっただけ学力だけではない何かを知ることも「宿題」の意味だろうから、やっぱり「宿題なんてやらなくていい」とは言えない。やりかたの工夫は必要だとしても。
学校の宿題でこんなに悩む日がくるなんて、ほんと人生わからない。
でもきっとこれは幸せな悩みなんだと思う。最高の道楽は人材育成、教育だっていうものね。
それにしてもイマドキの教科書・・・、特に算数!!
説明がまどろっこしい!わかりにくい!小学生も大変ダ・・・