徳川幕府は200年以上の鎖国を敷いて、日本の文化と日本人の価値観に大きな影響を与えた最後の幕府。
この鎖国の間、欧米列強とは文明的な差が開く一方であったことは間違いないと思うが、一方、日本人が日本人たらしめるようになったのもこの時期のように思える。
一般的には、鎖国によって文明的な劣後を招いた政府を倒し、世界に開かれた日本にするという目的のもと打倒徳川幕府として反政府軍が力をつけるため、坂本龍馬が薩摩と長州の手を取ったことが絶賛されている。
確かにそのお陰で今があると言わざるを得ない。
しかしその陰で、徳川幕府に忠誠を誓った諸藩の犠牲も否めない。
八重の桜で注目を浴びた会津藩の松平容保もその1人。新時代の幕開けの陰で苦難の道を歩むことになった会津藩の人々は非常に辛い思いをしたと思う。
歴史は詳しくないし、どちらが正義かは分からないけど、歴史が決めること、という視点から「勝てば官軍」という言葉が生まれたのだろう。