90歳おばばの言いたい放題 (8)選択的夫婦別姓制度について
石破さんが首相になった時、かねてから彼が賛成を表明していた「選択的夫婦別姓制度」がいよいよ日の目を見る時が来たと大いに期待しました。しかし、党内の古い体質に阻まれたのか取り上げられることもなく首相は退陣。がっかりです。反対している人たちの言い分は「家族としての一体感がなくなるから」というものですが、本当にそうでしょうか?実際に別姓を使っている人たちはそう言ってはいないのですよ。裁判までして闘っている人たちが何人もおられます。でも最高裁の判決はNOでしたね。民法を変えない限りだめなんですよね。「選択的」とついているのですから、一体感がなくなると思う人は従来通りに夫婦どちらかの姓を名乗れば良いわけで、全員が別姓を使えと言っているわけじゃないのに何を勘違いしてるんですかね。「同姓でも別姓でもどうぞご自由に」でいいじゃないですか。子どもが可哀想と言う意見もありますが、親と苗字が違うことでの偏見がこの制度が出来ることでなくなるかもしれません。未だに「片親」とか言われて差別されている人たちもいるそうですから、親と苗字が違うことが珍しくない社会になればそれもなくなるでしょう。戦前の家督制度が廃止になり「家の名を守る」という柱がなくなったために、家族としての一体感がなくなるのはマイナスの面だけではないと思います。この制度があった頃、どれだけの人がこれに縛られて不自由な思いをして来たか分かりません。特に女性たちは。外国には「宗教」という家族を結び付けるものがあるけれど、日本にはそれがないから「姓」がその代わりになっていると言う人もいますが、宗教も個人で違っていいと思いますよ。その点それがゆるい日本は有難いと思っています。新興宗教2世たちの苦しみが問題になっているではないですか。それに、大体家族の一体感てそんなに重要でしょうか?これって「血のつながり」重視ってことですよね?それがいちばん重要だから日本では養子制度が発達しないんですね。親子だからこそ、兄弟だからこその争いや殺人事件が跡を絶たないではありませんか。一体感に苦しめられ、息苦しくなることもあるんですよ。私には娘が二人いてそれぞれ結婚し、夫の姓を名乗っていますから私とは姓が違いますが、ずっと家族だと思っていますよ。苗字が違うくらいで「家族」という気持ちが薄れるはずもありません。私自身は20代で結婚した時には当時の風潮で何の疑問もなく夫の姓を名乗り、離婚してもそのままです。(今となっては大昔の先祖まで分かっている旧姓に戻りたいくらいですが)そして80歳で72歳の男性と再婚した時は最初から別姓です。どちらが先に死んでも面倒なことがないようにと思ったからです。そして間もなく10年になりますが、姓は別でも「家族」としての一体感はありますよ。以前の結婚より「風通しが良い」感じでむしろ快適です。いつでも「離れられる」という「自由」がありながら「自分の意志で一緒にいることを選択していると言う感覚」は決して悪いものではありませんから。