26、27と通院のため上海へ遠征。今回もAZUさんにお世話になる。

 行きのバスで「通院はしんどい。引っ越したい」とつぶやく。


 27日。李先生に初めて会う。

  今までのリウ先生と違いカウンセリングの親身度が高い。

  時系列順には話せないもののこの半年の出来事、

  ここ10年くらいの生い立ちを話せる。

  このやり取り中もたくさん質問してくださり、本人も話しやすい。

  パニック症、近親者の双極性障害、自身の過去のup,down。。。

  リストカット、OD,アルコール多量摂取。。。


  ここまで話すと先生の診断にも変化が。

  双極性障害の為の薬が処方される。

  今は今までのような年単位のスパンでなく極端に短い時間変わりの

  ソウとうつの混在状態だそう。

  思い当たる節はある

  少しご機嫌だと洗濯や掃除、片付け、そして人に会いたくなる

  昼間にこの症状が多い気がする


  でも小さな事でも大きく反応し声を荒げたりする

  バスでおばあさんにぶつかられる。。。かなりイライラする

  5分もすれば落ち着くので、これが混在の意味か。。。


  28日土曜日 昼食の準備中にOD 

  完全に僕のミス

  金曜日にもらった薬を隠していなかった

  睡眠薬を20錠ほど

  よるに目が覚めると、寂しくて人の声が聞きたくなる

  西宮のおばあちゃんに電話する

  ロレツが回らず、会いたいよう、とだけ話してまた眠る

  おばあちゃんには なぜ?日本に帰った方が良い  と言われる


  電話を切ると、今度はロッキンと、SKYPEかけだすが通じず

  次にお母さんにかける

  お母さんのとろろには今しがたおばあちゃんから心配する電話があったようだ

  誰も会いに来てくれない と母に話してまた寝てしまう

  母は、外野の声はわたしが食い止めるので、今自分が思う最善をすればそれでいい

  と励ましてくれる

  そのあとライフストーリーを気づけば2時ごろまでたくさん読みあさる


  
  いまはただ一人母だけが見方に感じ、なんども涙する

  でもしんどい人はいっぱいいる もっと大変な人もいっぱいいる

  シンドイが自分がぶれると決定がぶれ結果みんなしんどくなると思う

  

   29日 日曜 二人で5、6曲賛美の歌を歌い二人集会をする

  しへん23編もまた朗読する

  たとえ深い谷を歩もうとも  

  この下りに励みをうけるという



  午後からは人が来た時にプレゼント出来るようにといろいろと準備

  誰かがお茶しにこないかと電話もかけるがみな断られる

  僕も彼女も辛い

  それでも一生懸命プレゼントを準備、髪も整え服も二度着替え

  友の訪問を待つが結局誰も来なかった

  夜 辛くてまた母に電話 誰かと話したいのに母以外誰もいない


  引っ越したい事 仕事を見つけるため上海に連絡する事。。。

  そのごAZUさん、こだまさん、とんちょうさん、さいごにふじたさん

  各方面連絡したり、あちらから連絡を連絡をくださったり

  夜中には30日締め切りの日本語学校の募集を見つける



  そうだ

  だれも気遣ってくれないというのは大きな嘘

  AZUさんはずっとずっと連絡をくれている

  しげさん、ちえこさんともlineでつながり彼女が自分で心境を吐露

  ロッキンだって心配してくれるし彼自身勉強をがんばっている

  中村先生にもカウンセリングしてもらっている

  薬もすこしあう気がする


   うん

   かみさんはやっぱりいてはるし見てはる


  絶対にはなれへん!と約束してくれはったから

  泳いだし中国にも来た

  だから絶対にはなれず、耐えられる以上にはされず、助けてくれるはず



  7月8月、かみさんがどんな風に見てくれてはるか、、、、

  たのしみだ

 
  しごと、看病しながらできるのがいい。。。。お願いします。。。。