みなさまこんにちは☆彡

 

あら、写真を中心に寄せたら

 

文字も中心に寄ったよ!

 

おげんきでいらっしゃいますか。

 

去る16日はじめての 朝霧裕公式ファンクラブ陽の下会忘年会で

大宮の石窯ピザ屋さんラ・ヴォーリアマッタへ行ってきました❤

 

 

今年の2月に立ち上げました距離も障害も世代も

血縁も越えたわたしの家族(親戚っていうか、いとこ、はとこが超いるっていうか)

 

陽の下会は、たとえば、家族や友達にも言えない相談とか

 

見える障害、見えない障害(発達障害、精神障害、摂食障害、内部疾患など)に

 

かかわらず、自由に話す仲間を作る、とか

 

介助で困難を抱えていて話したい!!!とか

 

障害当事者のグループを含めて、大きな団体に属していたけど合わなかったとか

 

いろんな自分だけの理由で

 

話したいことがある人から

 

ただ単にボーダレスな遊び仲間を作りたいというかたまで

 

いろんな方がいて

 

わたしを崇める会というより みんなが個々 至って自由に

 

しゃべりつながり ネットを離れても じゃんじゃん繋がって

 

別にわたしがいてもいなくても どんどん遊んでね

 

という会です☆彡

 

facebookの秘密のグループを使って

 

オンラインサロン形式で、月1000円で運営しています。

 

書いてある内容や誰が入っているというのは

 

原則非公開なのですが、本日のメンバーは

 

「写真載せてOKよーーー!!!」ということで

 

1枚載せてみます。

 

良い写真でしょ?!

 

わたしね、生きることに24時間介助が必要で

 

生活保護を受給していて

 

でも講演もしていて本も書いていて 歌ったり

 

ファンクラブがあるんです。

 

行政の 福祉課の ケースワーカーさんや課のみなさまにも

 

ほんっとうに応援いただいての活動なのですが

 

「、、、ファンクラブって作ってもいいですか」

 

って一番最初に相談にいったとき

 

「前代未聞です」

 

って言われたの。

 

でも 言われたら楽しくなっちゃって。

 

「じゃあやります!」

 

と エンジンがかかって。

 

今、会員さんが17名になりました。

 

この日この仲間の前で(よくブログにも書いているけど)

 

会員さんが100人になったら生活保護を抜けて暮らします

 

それで会社にします

 

って

 

あらためて宣言しました。

 

できるかはわからないの

 

でも

 

「だっこさんが、ずんずん前に進んでいく

 

その姿勢に1枚のった!!」

 

と 応援してくださる人はいるのだとわかった。

 

それも同情からの応援じゃなくて

 

「わたしはいっしょに何ができるんだろう」

 

「ぼくはいっしょに何ができるんだろう」

 

って 

 

言ってくれてさ。

 

これを書きながらも

 

ありがたくて

 

泣いてしまいそうです。(;v;)

 

だってこんなさあ

 

ミリオネアでもなければ

 

名誉教授でもなければ

 

本100万部売れてるとかでもない一般人を

 

なんでここまで

 

信じてくれるんだろうかと思う。

 

だって、確たる見返りがあるとか

 

お金の得があるとかじゃないじゃん わたしと時間をすごしても。

 

でもね 

 

わたしが一番 それが解ってるから

 

出せるものは全部差し出す って思うんだよ

 

ファンクラブを支えてくれる仲間(家族と思ってます)

 

歌を聞いてくれる人

 

本を読んでくれる人

 

CDを買ってくれる人

 

一番大事だよ。

 

これは揺らがないものだよ。

 

同率一番は介助さんたちだけどね(^▽^)

 

でも、単に「家の中の、生活」だけでは

 

わたしはわたしではなかった。

 

世の中には激的に料理がすきでものすごくうまいひととか

 

(たとえばそれ↑はわたしの親友のかずさんとかね!)

 

整理整頓だけは誰にも負けないとか

 

いろんなすごいセンスのある人がいるけど

 

詩が好きだから書き始めて

 

歌が歌いたかったから歌いはじめて

 

歌のことは家族は大反対だったけど

 

(「お前はほんとオンチなんだから歌だけは本当にやめとけ。」と)

 

好きなことを 人の言葉でやめなかったからわたしになった。

 

それで、今、SNSの技術が目覚ましく進歩して

 

芸能人のかたとかメジャーなかたも、

 

私みたいにまったくの無名の個人のインディーズの人も

 

オンラインサロンを自分で作るのも当たり前になって。

 

わたしには、私生活に介助たちさんがいて

 

どうしてもそれでたらないところには友達のサポートがある。

 

そしてこの陽の下会の方々も

 

会費を払ってくれて 時間を使ってくれて

 

会いにきてくれて

 

自主企画の講演やコンサートへお金が足らなかったら

 

応援カンパをくれて

 

女性陣はトイレ介助までやってくれる。

 

え?!なに?、、、わたし お姫様じゃん?!

 

「さすがに」って感じで

 

介助までやっていただくと 「な、な、なんか、、、申し訳ない」が思いっきり発動しちゃって

 

「こうす<べき>」も発動しちゃって

 

「本来、だっこがお金を払って頼む<べき>ことで、

ファンクラブのお金を払ってもらって

トイレ介助までやってもらって

 

申し訳ない」

 

って わたしは まだまだ 口に出して言っちゃう。

 

でもそうすると 助けてくださる方々が

 

「だれだって、だれかのために何か力を出したいな、

という根源的な欲求を持ってる。

 

たとえば杖や車いすの人を街で見て

何か手伝うほうがいいのかな

でも声をかけたら失礼かな、、、と

心の中で逡巡していたりもする。

 

みんな気持ちがあるけど、

機会がない。

 

それに、手伝うほうも、ホントにいやだったら言うし、やらない。

 

だから、だっこちゃんが、『友達のために力を出せる喜び』を

くれてるんだよ」

 

と言ってくれる。

 

わたしはとにかくきっと人より多く手を借りなければ生きていけない人生だから

 

「やってもらったら感謝しなさい。」

「手伝ってもらったら「ありがとう」だよ。」

と100万回×100万回くらい 親や教師から言われてきたと思う。

 

まあそりゃそうなんだけど

 

そりゃやってもらったら感謝なんだけど

 

あんまりにも

 

感謝「しなさい」

 

と 物心ついたころから命令形で叩き込まれてきた上に

年齢が上がって遠慮なんて覚えてしまったら最後

 

いつのまにか

 

手を借りた時の

「ありがとう」は

 

「すみません」になり

「ごめんね」になり、

「なんか迷惑かけちゃって申し訳ないです」

 

駅員さんに手を借りたら

「込み合う時間に申し訳ないです」

エレベーターにのったら

「場所とっちゃってなんだかごめんなさいね」

 

どんどん どんどん

 

委縮の言葉になった。

 

たましいがちぢこまっちゃう

 

感覚で言うと そんな感じ。 

 

とにかく2011年の震災の日まではこうだったと思う。

 

でもあの日に、ほんとに大勢の手を借りて都内からさいたま市の家に帰ってきて

(帰宅困難者になっちゃって)

「介助さんであれなかれ、有事の時は『目の前に今いたその一人』に

『助けて!!!』って言えなければ死ぬ」

って 本能で覚えた。

 

それが目覚めの第一段階。

 

それから 何度も何度も

手を借りて「すみません」の自分に戻りそうにふっとなることもあるんだけれど

 

歌を離さず生きてきた道の上で

出会ってきたファンのかた、いろんな音楽仲間が

 

「だっこちゃんとこの今を歩めて楽しいよ」

「何か人のためにできたら、それはやるほうもうれしいんだよ」

 

と 繰り返し 繰り返し 繰り返ーーーーーし 私が信頼できるまで伝えてくれて

 

だからわたしは

 

「お世話してくれてありがとう」

 

っていうだけじゃなくて

 

「わたしは、なにができるんだろう。

わたしも なにかしたいな」

 

と思う火が消えなかったんだ。

 

それで

「すみません」が 「ありがとう」になり

「楽しい」になり「うれしい」にもなる道の上で

 

自分のたましいを(心身を)

「わたしは、こうしたい」

と思う方向へ 導いていけばいくほど

 

まわりもわたしを

「この人は世話がかかってやっかいだな」

「わたしが介助を助けてあげてるのよ」

「わたしが応援してあげたのに!!!」

というような人は消えて

 

一緒に、「楽しい」を作れる人が

粘り強く残ったり

新しく出会ったりして

私の周りに、行く道を守護してくれるファンの方々や友達の輪ができた。

 

だからそれほどの人達だからわたしにとっても

やっぱり「他人。」っていう気持ちじゃないよねもう。

 

陽の下会は、年会費制だけど、

次年度継続するかとか途中退会するしないとかも

こっちからの縛りなんか一切ないから自由だし

いつ来ていつ出ていってもいいのだけれど

でも そこまで縛りのない 基本ネット上のオンラインサロンでしかないこの場所に

いてくれる人のためだったら

私だって会いにも行くし

冒頭にも書いたけど 血脈と関係ない家族です。

 

今回やってみて

「契約している介護事業所が人手不足で

県内の外出しか対応できない。

県外に外出できないので行けない」

という車いすユーザーのかたもいたし、

(別途参加費とかはなかったのだけど)

「お金がないから行けない」

というかたもいた。

 

「障害者」とか「生活保護」とかっていうと

「不幸でいなきゃいけない」みたいな

無言の圧もみたいなのって あるじゃない?

 

わたし それがわかってたから

ほんと 陽の下会のことを書く時も

最初はナーヴァスにもなったし

(福祉課にめっちゃしつこくいろんなこと相談したよ!)

 

「何アイツ、ずるい!」

って言われるのが怖かった。

 

でもきっとこの「ずるい!」には理由がなくて。

 

「幸せそうでズルい!」

「なんだよ、あの人ばっかり!!」

とかって

って やっぱり変なんだよ。

 

「なんも有名でもないくせにファンクラブから金もらうとか乞食じゃん。

俺らは働いても働いても生活が苦しくてもガマンしてんのにズルい!!」

 

「わたしたちは介助がなくてもガマンしてるのに

だっこちゃんばっかり出かけられてうらやましい。ずるい。」

 

、、、これ実際ネットに書かれたり 直に言われたりしてね。

 

でも わたしが人生のどこでどういう苦労をしてきたかっていうのは

 

エッセイで書いてもいるんだけども

 

でも 書いても書いても表せないような気持ちとか体験とかさ

 

わたしにしかわかんないから。

 

だから「あの子ばっかり応援されてズルい!!!」って言われても

言われた結果で何人か人が離れてっても

別にいいと思った。

 

それでもなんでもやってれば

 

「県外への外出はできない」が最たる例だけど

こういう声がわたしのところに

これからも集まってくると思ってるから。

 

それで

ここの仲間は お互いの味方になりあうネットワークだからね

 

困ってる人が助けて!って声を出したら

 

たとえばだけど

「ライブ見に行きたいけど介助がいない」とか

「車がないから行きたい場所まで出かけられない」とか

 

そういうときにネットを離れて助け合う

 

力を分けてほしい人と

力を出したい人とを結ぶ

人材バンクみたいな場所になればいいなと思う。

 

いいなじゃなくて、

「する。」

って思ってる人が集まっているからね

「なる」。

 

初忘年会❤よく遊んできました。

 

、、、なぜか、女性陣で衣装メイクを大変身した動画を発信しようとか

ぜんぜん音楽に関係ない企画も出始めました(-▽ー)

、、、変身メイクと衣装、、、みたいなの

やってみたい人いるかなあ、、、、。

 

それから、オフ会も、またやります!

(※ずっと、栃木県のこころみ学園ワイナリーに日帰りでゆきたいという

私の中のプランがあるんだけど初年度は実現ならず。

来年こそは!)

 

そんなこんなで、陽の下会の覚書き。

 

今年1月、シンデレラプロジェクトでお世話になったHappyさんのブログのタイトルが

<世界は自分で創る>なんだけど

ほんとうにそうだよ。

世界は自分で創る。

創ったようにしか、創れない、ならない。

 

心を自由に自分が創って 責任を引き取って天寿の日には死んでゆく。

 

私の創る日々にも、

「わたしこれやりたい!」と声に出したとき

「よし!一緒にやろう!」と言ってくれる仲間がいて幸せです。

 

2017年もあと少し!

 

風邪などに気を付けて元気でね。

 

朝霧裕公式ファンクラブ陽の下会はこちらから

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