みなさまへ☆彡


たびたびこんにちは☆


もう好き過ぎてもう一回ここに貼っちゃう。

岡田哲也さんのブログ記事↓




子供のころね、

「歩けないからわたしは不幸。」ってほんとうに思ってた。

だって物理的に動けなかったんだもん。

階段を駆け上がれる友達のことは

気が狂うほどっていうか狂えちゃえばラクだなと思うほど

羨ましかった。


でも、10代半ばから、電動車いすに乗るようになって

22で家を出てからは複数人の介助ヘルパーさんが日々を

支えてくれて

階段なんか通りすがりの道行く人に声をかければ

ほとんどみんな助けてくれるんだって

生きてみて解った。

たまには段差の前で

「助けてー」

と何度か言っても

しれっと助けてくれない人もいるけど

そんな人はシャイか、「その人だって」ゆく道を急いでいるんでしょう、

すべてが差別っていうことでもないのよ。


でもわたしは、生活保護を受給して暮らすようになって

「落ちちゃった。もうダメだ。」

って

「私は他の人よりも劣ってる人間なんだ」って

人生の一時期、精神的に本当に追い込まれて身動きが取れなくなった。

「早くまわりの健常者の友達に追いつかないと」

と 焦ってあがけばあがくほど

もとの体力がないんだからどうにもならなくて

何度も何度も身体をぶっ壊して入院して

最後はもう

「これ以上『まわりに置いてかれないために』がんばったら、死ぬ。」って

わかるところまで行った。


特に生活保護に対する

世論とかいじめとか当時いろんな原因が重なりはしたけど

でも一番自分を追い込んでいたのは「もうダメだ」と

自分の心を追い込んでいた自分かも。


わたしは本やブログを読むことも書くこともすごく好きで

生活保護や介助の、制度のことや

もしくは

「人の幸せとはなんだ?」

とか

「身体と精神の関わり」

とか

心と身体(絶対につながっているからね)のことについて

自分の考えや人生経験を書いている発信者の人達に本当に精神を救われた。


たくさんの すきな 本を書くかたやブログを書くかたを読みながら


ちょっとずつちょっとずつ


「ああぜんぜん、この環境は絶望じゃない。

(むしろできることいっぱいあるわ。)」

と思うようになった。


実際、十数年前なら対応マニュアル自体違ったと思うけど


行政の福祉課の方々さえも、ライブをやってますとか

ファンクラブをfacebookにつくりましたとか

生活保護の今当事者であるわたしがやることにしては

「普通に考えたら突飛なこと」をやっていても


担当さんは本当に素敵で大好きなかたばかりで

一回も疑われたりいぶかしがられたりしなかったし

「あなたの働き方はおなじような障害の人のよい前例になるかもしれないから

がんばって!!」

と わざわざ時間を割いて課で会議をひらいてくださったりもして

みんなが応援してくださった。


行政は障害者の敵じゃなかった。


たぶん最初から敵なんかいなかった。

ただいろんな人間がいるねっていうだけで。


歩けないから不幸なんじゃなくて

動けないから不幸だとわたしは感じたときがあった、ってだけだった。

でもそれには解決策が複数あった。


でも「やっぱり寝たきりだったら不幸なんじゃん?」ってだれかが言うかもしれないけど

ストレッチャー型の車いすでバリバリ出かける人も知ってるし

子育てしてる女性もいるし

ものすごく良い本を出版している寝たきりの人なんかいくらでもいる。

今はインターネットで世界中と繋がることもできる。

スカイプで講演もできるd(・v・)b


「不自由から自由になること」って

目の前に立ちはだかる階段を、「歩けるようになって登ること」ではなくて

「だっこして登ってくれる友達をたくさん生きながら作ること」だった。

少なくともわたしにとって。


、、、まあこんなゴタクを並べているあいだにも

エレベーターもじゃんじゃんできているしねd(・v・)b


わたしはいま、ベッドに座ってこれをぽちぽち打っているんだけども

ほんと物っっっ凄い時代がきたもんだと思うよ。


少なくとも障害が重いイコールかわいそう、ではない時代がはっきりきたと思うよ。


時代って わたしごときが何を思っていてもいなくても どんどん変わる。


いまね、介助さんたちと暮らしてるとね

シングルマザー、シングルファーザーで育った子、

児童養護施設で育った子

障害をもつお母さんお父さんに育った子

あのね

みんないるよ。(・v・)

それから、介護職はシングルマザー、ファザーが働く職場の代名詞!

お子さんを幸せに育てていらっしゃるかたにもたくさん出会う。

いろんな人がいる。

「普通はこうじゃん?」なんてない。

「それってかわいそうでしょ?」なんて、無礼な話しだよ。


そうそう、「罵倒するカレシや夫の元に居続ける」っていう体験はないけど

家にいた頃

「罵倒する親」、、、っていうか

怒ると怒鳴る父(すっげーのよそれが(・▽・))

でも、離れられなかった母(わたしの介助があったから)


で、わたしの歌の夢を

「お前にはムリでしょ、ヘタクソなんだから、ちゃんちゃらおかしいね(-▽ー)」

と笑う親の元に育っていたわたしですが


居をわけて

わたしと両親とは本当に両者生き生き自分を生き始めることで

心のバランスを取り戻せて

仲良くなった。


歌は、そして、日々の体験を

書いたり 人前でお話しをすることは、

わたしの仕事になった。

まだ、生活保護も受けているから一本立ちできていないけど、

今度は、「劣等感からまわりの人とはりあって」ではなくて

続ける中で広がってきた人の縁から

楽しみながら広げたい。


わたしのことを

『かわいそうだから助けてくれる仲間』じゃなくて


『歌が好きだから遊ぶ仲間』とか

『ごはんが好きだから集う仲間』とか

『漫画や小説がすきだから語る仲間』とか


たまたま共通のすきなことがあったから声をかけてくれたような

共時を生きる仲間がいて本当にうれしい。


わたしには死ぬほど好きな本やブログの書き手の人が幾人かいて

それは

子宮委員長はるちゃん

岡田哲也さん

みわよしこさん

小山内美智子さん

の4人です。


「共通項がよくわからない」


と言われますけど


、、、 、、わたしはわかるよ(ー▽ー)?


最後は全員教科書にのるしお札の柄になると思っています。

(小山内さんは、もう載ってかも。)