ペーパーレス化のつけ
ただの手抜きの為かと思う気がしてきた。無駄な紙は確かにある。過剰な包装紙やティッシュのように折り曲げて駅前で配布しているどっかのジムやら塾のびら。しかし、カードの明細まで紙は廃止で有料化。事務作業の効率化としか思えず。ある買い物でカードを使ったあと、明細をよく見た。値引きの数字ではなく、定価でうたれていた。電話で指摘し訂正金額の処理を依頼した。紙の明細書があるから付け合わせができる。元々そんなチェックもしない人は、気づかず多く引かれていてもそのまま支払い終わりだろう。銀行の通帳さえペーパーレスの電子化手帳ならポイントをとか都合の良いことを宣伝している。いいよ、間違った金額で引き落とされても、構わない人は。損しても気づかずにいるのはある意味幸せかもしれない。しかし震災地で、ご自慢のマイナ保険証って使えるのか?お薬手帳は紙だが、救助で来た医師や隊員に見せれば、使用中の処方薬はすぐわかり手当も早い。スマホが繋がらず、給水所の場所もわからないという人達は、役所に貼ってある紙の告知を見て場所を知ったという。最後は手書きの紙が情報源となっているという事になる。pで始まるスマホ支払い決済で能登へ支援金を送信できますという詐欺メールが流れているとTVのニュースで告知があった。そこへまた支払いをしてしまう二次被害が起きるのに。デジタル推進、ペーパーレスというのに選挙の時には顔写真の紙があちこちに貼られている。同じ写真を同じ扉の前に何枚も貼ってる事務所。駅前で配布する立候補者のビラ。そこはいまだに改善されない不思議さ。