つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。
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気象予報士の仕事

かなり偏った見方かもしれないので最初から断っておきます。



最近テレビ各局で放送される天気予報には、必ずと言ってよいほど

気象予報士が登場し、天気予報の時間を担当してます。

中には気象予報士がタレント化しカテゴリーの違う場面で活動している

事も散見できます。タレント化が良い悪いとはこの際置いておきます。

今回私が問題提起するのは、気象予報士としての使命は「一分一秒でも早く

的確に予報すること」と、とあるコラムに書いてありましたが、

単に予報を行うだけでなく、視聴者に変化する自然現象に対処できる

人間力を身に着ける事が最も大きな使命ではないかという事です。

気象予報をマスコミの最前線で行うものにとって、最も重要な事は

放送の機会を通じて、一般視聴者ら人間が本来持つ人間の危機管理能力を

如何に高めるかにあるのではないだろうか。


極めて不謹慎だと言われるかもしれないが、敢えて言えば

先の鬼怒川流域の常総市の堤防決壊の災害の祭、避難勧告が出なったので

避難しなかったと、とある被災者の声があったが、行政機関が発信しなければ

自らの身を守る事を考える事をしないのか、又、それほど行政機関を信頼して

いるのか。過去の前例第一の行政機関に頼ることで、前例の無いことだらけの

自然現象に対処出来るなどとお目出たい考えは当の昔に忘れ去るべきであり、

その、気象予報の最前線で働く予報士が、自らの予報力を事更にアピールする

為に、(雷雨・突風・局地的な大雨・土砂災害など)過度な言葉のオンパレードで

聞き入る誰もが不安感を感じるが(どこか他人事と感じる人がほとんどではないか)

それにより自ら行動を起こし避難した人は一体どのくらいいたのか。

それより、如何に気象を的確に予報する事が難しく、自らの力(意思)で避難行動を

とる事を伝えるほうが最重要課題ではないのだろうか。



余りに、乱発する雷雨・突風・局地的な大雨・土砂災害などの言葉は、マンネリ化を

招き視聴者の危機管理能力を阻害しているように感じてならない。

穿った見方をすれば、予報士が自らの今後のテレビ出演を得るために事更に過度な言葉を

使い、視聴者の歓心を得ようなどと考える輩がいるのではとつい思ってしまう。

勿論気象予報士は気象庁が出す概況に基づき予報しているのだが、その気象庁ですら

最悪の事態を想定して予報を立てている(あまりに天気予報が外れる為、電話にて気象庁に

問い合わせたところ、返ってきた言葉)等と言うようでは、それなら自分でも予報を

立てられると捨て台詞の一つでも言いたくなる。

話はそれたが、上流で雨が降れば、川の水位は上がり、水位が上がれば水は溢れるのは

あたりまえ。家屋の上流に斜面があれば土石流が起こるのもあたりまえ。台風がくれば

強風が吹き大雨が降るのもあたりまえ。

その当たり前の事さえ、強く言わなければ理解できないほど、日本人の能力は低下して

しまったのか。

余りに、他人のセイにする日本人が多いことに考えさせられる。そのお先棒をかつぐ

気象予報士に一人ぐらい教育指導する人がいてもいいような気がする、そしてそれが

最も気象予報士としての最重要な仕事ではないだろうか。


酔考陳謝