今朝のワイドショーでジャンボジェット機の最終フライトについて。
ホノルル往復を最後にJALからジャンボが消えるらしい。
そこで、こんなことを思い出しました。
我が家は世間が「バブル」と呼ばれた頃には
正月をハワイ・ワイキキのホテルに行っていました。
サンタクロースは、海から泳いでくる、と思っていたかもしれません。
ジャンボジェットの最前部(もちろんファーストクラス)の四畳半ほどの空間
そこは、子供たちの遊び場と化していました。
そうだよなー、あれがジャンボジェット機だったんだよなー。
なんとも今にして思えば【恥ずかしい】思い出です。
最初の子供は、女の子でした。
生まれた時、とにかく涙が出て止まりませんでした。
私は、母に叫んでいました。「母さん、うまれ・た・-」
この長女には、いろいろと苦労させられたが
私自身、申し訳なく思っている事がある。
それは、高校受験の時である。
「近くの公立高校に行くのが当然である。」
いわゆる偏差値などを全く考慮することなく
「こうであるべきだ。」というだけで受験校を決めてしまった。
当たり前のことなのだが、子育ては常に初めて経験することばかり。
親もしっかりと子供とともに勉強、そして成長していかなければならない。
2人目は男の子
目黒にある「第二国立病院」(←現在は建て替えられて名称も変わった。)
その日、私は病院の玄関前で交通事故を起こしてしまった。
自転車に乗った女性と接触したのであった。
そして、その後どうしたのかも覚えていない。
きっと、子供が生まれたのだから、ということで許してくれたのかもしれない。
感謝です。
末っ子の男の子は正月に生まれた。
この子にもハラハラさせられた。
大学受験は面倒だからとか何とか、という理由で早稲田高等学院
そのまま早稲田へ行くのかと思っていたら、2年でやめる、という。
「どうするのか?」 「予備校に行って国立へ行く」
私は、了解した。ひょっとしたら「中卒」になっちまうぞ、と心配だった。
無事、現役と同じく「国立」へ行くことができた。
とにかく本人の努力は評価に値する。
ジャンボジェット機引退
そんな日に、子供たちのことを考えている。
今日、三月二日は、2人目の子、長男の誕生日である。
ハッピーバースディーーーーーー