人生において「たら・れば」は禁物かもしれないが
私captainのような小人は、しばしば思い悔やむことがある。
基本をきちんと学んでいれば・・・・・・。
私に苦言を呈してくれる知己が多々いたならば・・・。
いやいや人生前を向いて進もうではないか。
しかし反省は必要そして、次代の彼らには同じ過ちはして欲しくはない。
私は大学は入学したものの殆ど行くこともなく除籍である。
高校生の頃より実業の世界にはいった。
時代が良かったのかもしれない。
「時」は後に「バブル」といわれた。
30歳になるかならぬかの頃には40億円以上の年商
本人は毎日が必死であったが、有頂天であったかも知れぬ。
この時、経営学の基礎【基礎の基礎でもいい】を学んでいれば・・・
後の祭りである。祭りの後の寂しさは、言葉には言い表せない。
スッテンテンになった私は、40を過ぎてから再び大学へ行った。
大学院【いわゆるビジネススクール】にも行きMBAも取得した。
しかし、今でも分からぬこと多々あり、学ぶ毎日である。
「理論で経営が出来るか」
「学者はみんな優れた経営者になれるのか」等々・・・・
批判する輩がいる。彼らに言いたい。
「そんなことを言うのは、君が学んでいないからなのだよ」
せめて基本を学んでいれば救われることがたくさんある。
見えるものがたくさんある。
私の研究テーマは「経験知」に関してであり、
さらにその経験をどう伝えるのか、ということである。
この分野では
ドロシー・レナード&ウォルター・スワップ【実は夫婦】の研究が
ある程度で現代経営学ではなかなか理論化されていない。
学ぶことを否定している多くの人達に伝えたいことがある。
あなた方は「学んだ」もしくは「学び続けている」
20%になぜなろうとしないのですか?
いつまでも「学ばない80」にいることはないのです。
注 「20・80」については昨日のブログ「パレートの法則」なんかを参照