自分では、自分自身をだいぶ変わっていると思っている。
しかし、まともだとも思っている。
(又わけのわからんことを書きます。
どっちみち、このブロク、たいして、影響力あるわけでもないので、
何でも書きやすい。)
先生にタンギンクを教えていただく、しかし、自分ではtukutukuしているつもりでも、
長すぎるといわれる。
そうしたら、もうなにをしたらいいか わからなくなるわけです。
腹をつかえといっても、なんのことかわからないのです。
一応、先生の真似をしてみるのですが、はっきりわからない。
一音一音いちいち腹を膨らませたり、ひっこせたりしていては、
しんどうて、吹いていられないこれは、なんか、違うぞとなるのです。
ある程度、嘘でもいいから、違うことから、入って、だんだん正解に近くなることを
期待するしかないわけですね。
先生も、他人が吹くのだから、どうしょうも教えようが、無くなるわけですね。
そこで登場するのが、またたとえの話なのですねーメタファーとかいうのか?
(もともとみんなメタファーなのかtukutukuでも、腹筋でも)
体でわかりだすと、こうだろうわかるとうれしいですね。
でも、わからなければ、下手すりゃものずごいあいだわからないかもしれない。
で、もういやになってしまう。
でもあとで、又違っていると、気がつくこともあるかも。
で、うちの池には、こうした、わけのわからん魚どもを、飼っているのです。
しかし、水が、このごろにごってきてね。・・・
魚もふえすぎたし。
いつまで、飼っていられるのかと。
よいか悪いか知らないけど、やめなかったよ。
魚がいきているあいだは、ずっとしぶとくやめなかったよ。
ほっとかな しゃーない。