人の反応 「私」の反応 | hasigutiのブログ

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どこかの公園でフルートを練習しています。

自分では、自分自身をだいぶ変わっていると思っている。

しかし、まともだとも思っている。

(又わけのわからんことを書きます。

どっちみち、このブロク、たいして、影響力あるわけでもないので、

何でも書きやすい。)




先生にタンギンクを教えていただく、しかし、自分ではtukutukuしているつもりでも、

長すぎるといわれる。

そうしたら、もうなにをしたらいいか わからなくなるわけです。


腹をつかえといっても、なんのことかわからないのです。

一応、先生の真似をしてみるのですが、はっきりわからない。

一音一音いちいち腹を膨らませたり、ひっこせたりしていては、

しんどうて、吹いていられないこれは、なんか、違うぞとなるのです。


ある程度、嘘でもいいから、違うことから、入って、だんだん正解に近くなることを

期待するしかないわけですね。

先生も、他人が吹くのだから、どうしょうも教えようが、無くなるわけですね。


そこで登場するのが、またたとえの話なのですねーメタファーとかいうのか?


(もともとみんなメタファーなのかtukutukuでも、腹筋でも)

体でわかりだすと、こうだろうわかるとうれしいですね。

でも、わからなければ、下手すりゃものずごいあいだわからないかもしれない。

で、もういやになってしまう。

でもあとで、又違っていると、気がつくこともあるかも。


で、うちの池には、こうした、わけのわからん魚どもを、飼っているのです。

しかし、水が、このごろにごってきてね。・・・

魚もふえすぎたし。


いつまで、飼っていられるのかと。

よいか悪いか知らないけど、やめなかったよ。

魚がいきているあいだは、ずっとしぶとくやめなかったよ。


ほっとかな しゃーない。