第64話 ウルトラファイト! その1 | 【小説】Cafe Shelly next

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喫茶店、Cafe Shelly。
ここで出される魔法のコーヒー、シェリー・ブレンド。
このコーヒーを飲んだ人は、今自分が欲しいと思っているものの味がする。
このコーヒーを飲むことにより、人生の転機が訪れる人がたくさんいる。

 またか。これで何度目だろう。

「ちょっと、もっとどうにかならないの?」

 意味もないクレーム。この仕事をしていると、よくこんな声を聞く。

 私の仕事はビルや店舗を掃除する仕事。いわゆるお掃除屋さん。社員をかかえて、今日も夜中にスーパーのフロア掃除を行ったのだが。こちらとしてはかなり念入りに、きれいにしたつもり。特にトイレ掃除は力を入れた。

 仕事が終わって一度会社に戻る。ほっと一息ついていたところに、依頼主の総務部長からそんな電話を受けた。

「ど、どこか至らない箇所があったでしょうか?」

 社長を出せ、ということだったので私が対応したのだが。いきなりその言葉である。

「あんたのところにまかせたらピカピカになるって聞いたけど。喫煙所のところ、あれどうなってんの?」

 やはり言われたか。けれど、ここは事前にお断りしたはずなのだが。この店舗の社員喫煙所、排煙設備が壊れているのでヤニがすごく溜まっている。ここはうちの技術ではさすがにある程度以上は無理。まずは排煙設備の修理をと言っておいたのだが。

 しかし、ここで反論しても意味は無い。昔、反論をして取引を断られたこともある。

「すいません」

 またこの言葉を言わなければいけない。

 このお掃除の仕事はキツイ、汚い、危険の3K仕事の代表のようなもの。さらにその苦労の割には賃金が安い。おかげで社会的に低くみられがちな仕事である。

 私がどうしてそんな仕事をしているのか。それは父親の仕事を引き継いだから。引き継いだといっても、父の時代からは負の資産しか受け継いでいない。それどころか、資金難に陥り何度も倒産の危機に。そのたびに取引先は減っていき、それをなんとかするべく必死になっていた。

 仕事がそんなにないときには、深夜のファミレスでアルバイトもした。だが、その稼ぎのほとんどは自分の生活費ではなく会社のために消えていった。そんな苦労を重ねてきたが、結婚し子どもができてから風向きが変わってきた。

 その頃薦められて、中小企業の経営者の勉強会に参加するようになった。そのおかげで仲間が増え、仕事を紹介してくれるところも出てきた。けれど自分の仕事の社会的な地位は相変わらず低い。

「社長、またお掃除のクレームでしたね」

 専務である妻がお茶を差し出しながらそう言う。

「はぁ、どうやったらこの仕事の社会的な地位をもっと向上させられるんだろう…」

 こんな仕事、求人を出しても喜んで応募してくる人はいない。しかし、働いている社員は不満は持っていない。いや、むしろ一生懸命やってくれる人ばかりだ。だからこそ、私はこの社員にもっと胸を張った仕事をして欲しいと常々思っている。

「社長、ちょっとご相談が…」

 社員の一人、松本君が何やら神妙な顔つきで私のところにやってきた。

「どうしたんだ?」

「実は…今度結婚しようと思っているのですが…」

「おぉ、それはおめでとう!」

 とても喜ばしい話。なのに、松本君の顔つきはなぜだか重苦しい。

「どうしたんだい?」

「実は…結婚の条件として、今の仕事を変わってくれとむこうの両親に言われまして…」

「ど、どうして?」

「掃除みたいな仕事じゃなく、ちゃんとした仕事をしてくれと言われまして…でも、ボクはこの仕事に誇りを持っているんです。この仕事は決して楽な仕事じゃないし、賃金もそんなに高くはありません。でも、子どもに誇れる仕事だと思っています」

 松本君の言葉に、私は声が出なくなった。私の子どもの頃を思い出したからだ。