明日、医者をしている親戚に話を聞かせていただけることになり神奈川に行ってきます。
つかどえらい久しぶりの日記でいきなり話に入って恐縮なんですけれども。
最近はもっぱらツイッターです。
あとアプリでmixiとか。
そしてこの日記長いうえになんかグダグダお時間持て余してる方以外は読まないほうがいいかもしれません。
それでは、なんで医者という職業の親戚に話を聞くことになったのかというと。
自分が医療事務に話を持っているという話を親にしたんですね。
土地に左右されないし、再就職にも有利だということ。また資格を取って働き始められれば長く働くこともできるという利点。
このご時世と、ふがいないことに自分の就活が実っていない(これに至っては自分の努力不足に他ならない)ということから、親が心配して医者である親戚に「医療事務っていうのはどうなんだ」と聞いてくれたわけです。
そして親戚のご好意もあり、是非お話を聞かせてくださいとお伝えして明日行くことになったと。
家族からも親戚からも心配や激励をいただき申し訳ないやら有難いやらなのですが、今の自分には一抹の不安が。
というのも自分は人見知りというのもあるんですが、如何せん人との距離感がつかめない。
特に親戚は、敬語は使うのは当然として、どこまで話したらいいのかとかどこまで打ち解けていいものなのかわからない。
自分には父に兄弟が多く親戚も多くいます。
タイプも違い、年の近いいとこにも敬語で話すべきか悩む。
というか頻繁に会うわけじゃない年上に敬語以外使うとか無理。
思えば大人に境界を引いたのは小学校低学年の頃の地域の正月の祭りの時だったなぁ…
地区内を夜に練り歩いて、家々でお祓い?とかくじとかやるんですが低学年の私は姉が持っていたくじBOXを持ちたかった。
わがままを言う私に、幼馴染の父(ちょっとガラが悪く怖い面もあるが機嫌がいい時はいい人)に物凄い剣幕で一喝されまして。
まぁ当然のことなんですけども。
それ以来、なんだか大人に近づいたり不用意なことをすれば怒られるような気がして、同じ地区内の子がどんなに親しげにタメ口で話とかしてても敬語で話したな…つか話を避けたかもしれん。
まぁこれをまとめて思うのはただ単純に叱られた子供が自ら閉じこもって非社交的になったことに他ならないのですが、自分は今は少しは社交的にはなれたと思う。
でもやっぱり大人の男の人と話すのに(勝手に)威圧されてしまったりするし、それに限らず人に対して踏み込もうとする力がないのは事実。
親友と呼んで許されるひとがいるかもわからない。思えばね。
でもそれは自分が勝手に壁を作ってることに他ならないし、自分でその壁壊して積極的にいろんな人にかかわっていろんな機会を作っていくしかないんだよなぁ。
本当にそういう意味では就活や就職はいい機会だなぁ。
仲良くなりたがって、「でも自分じゃ無理だ」って思うんじゃなくて、話しかけようとか、歩み寄りたいって気持ちが大切なんだな。
人は好きだが距離を縮めるのは苦手。
これを大切な距離感を測れるようにはして、それでも人に積極的にかかわっていく姿勢を持つ人間になろう。
長ーい決意の話でした。



