ニンゲンの社会では、オウゴンがはじまった。

みんな仕事を休んで、どこかに遊びに行くんだって。


例によってお気楽に生きている我輩は、年じゅう

オウゴンみたいなもんだ。


この町もオウゴンがはじまって、心なしか静かな

気がする。今日はお客さんも少ない。


久しぶりにマスターは自分で淹れた珈琲を

タバコを燻らせながら、味わっている。

二人分淹れた珈琲のもう一杯は奥さんに渡して。

こんな日のお店も悪くない。


あれっ、でも珈琲を飲み終った奥さんは厨房で

忙しそうにしているよ。


ケーキを作るための小麦粉を振るい始めた。

たまごやお砂糖も混ぜてオーブンにいれると

いいニオイがしてきた。


すると、今度は奥さんはコンロの上の大きな鍋を

混ぜている。

野菜たっぷりのブタ汁は、マスターの大好物だ。


ケーキを客さんのため、ブタ汁はマスターのため。

町とお店は静かだけど、奥さんのオウゴンは忙しいね。

おや?4月も半分が過ぎたというのに、今日は

窓の外に雪らしきものがちらついてる。

今年はなかなか、暖かくならない。

 

そんなお天気の悪い日でも、フジコさんは珈琲を

飲みに来る。

 

フジコさんはこの町で長年やってる居酒屋の女将さんだ。

長年って、我輩の生まれる前?いや、マスターや奥さんの

生まれる前からだって。

 

小柄で細いカラダのフジコさんの楽しみは、マスターの

淹れる珈琲と、向かいの小学校に通う孫のピーチちゃんと

過ごすひととき。

 

ある日、フジコさんが聞かせてくれたムカシのハナシは

ダンナサンのウワキのこと、そのことで傷ついて病気に

なってしまったこと、死のうと思ったこともあったって・・・。

そして、そんなフジコさんが、叶わぬ思いを寄せるヒトのこと。

 

なんで、フジコさんは急にそんなハナシをしたのかな・・・?

例によってお気楽に生きている我輩には知る由もない。

人生って、いろいろなことがあるんだね。

 

一つまた一つと背負ってきたことが、時にはフジコさんを

つぶしそうになっちゃったんだね。

 

マスターの淹れた温かい珈琲、そして奥さんの笑顔で

フジコさんのココロの荷物、ちょっぴり軽くなったかな・・・。

 

ショウガッコウの向かいにあるこのおの店は、

新学期を迎えておっきなランドセルを背負った

コドモ達が幾人も通る。

 

ニンゲンはおっきくなると、ガッコウっていうところで

ベンキョウするんだね。

 

例によってお気楽に生きている我輩には、未知の世界だけど

みんな楽しそうだ。

 

いつもオシャレをして来るベルちゃんは、小さな常連さんだ。

ショウガッコウより下のホイクエンに居る時から、このお店が

お気に入りのようで、アイスティーと奥さんの手作りのケーキを

食べに来る。

 

今日はそんなベルちゃんが新しいランドセルを見せに

来てくれた。今日もオシャレが決まってるね。

マスターや奥さんもベルちゃんのカワイイ姿に思わず

笑顔がほころんだ。

 

マスターがカウンターで珈琲を淹れて、静かに音楽の流れる

お店は、コドモ受けするようなお店じゃないのに、ベルちゃんの

他にも小さな常連さんがいる。

 

コドモって、フシギだね。

 もしかしたら、我輩がここに住み着いている理由を

ベルちゃんたちは知ってるのかも知れないね。

最近のニンゲンはみんなイトナシデンワを持っているんだって。

おじちゃんやおばちゃんから学生さんまで。

みんなみんなイトの無いデンワで交信するんだって。

 

このお店にはあまり来ないけど、時々ひとりでしゃべり出す

お客さんがいる。

はじめはビックリしたけど、交信してるんだね。

 

時には大きな呼び出しのベルの音が鳴って、我輩の昼寝も

邪魔されるときがある。・・・ちょっぴり迷惑だ。

 

何でもイトナシデンワはお手紙も送れるらしい。

と、いうことは我輩のアタマの上をお手紙が飛んでいると

いうことか???切手はいらないのかな?

フシギだね。

 

あるとき、サラリーマンのヒトがイトナシデンワを切ると、慌てて

お店を飛び出して行った。

せっかく、仕事を早く終わらせて、マスターの美味しい珈琲を

飲みに来たのに、どうやら会社のオヤブンに呼び出されたらしい。

 

イトナシデンワなのにまるで、イトに繋がれているみたいだね。

 

 

あれきり、顔を出さなかったタマゴドクタアのオニイサンが

ひょっこり、顔を出した。

 

ホントだったら今頃、遠い町のドクタアになるはずだったのに

試験に受からなかったんだって・・・。

 

タマゴドクタアのオニイサンは、至って明るく振る舞っている。

きっと、みんなを心配させないため。ココロで泣いてるんだね。

 

それでもお店に入ってきたときは、沈黙しがちな彼だったけど

次、また次といつもの常連さんのメンバーが来ると、彼の

表情もほぐれてきた。

 

良かった。マスターも奥さんもきっと安心したよ。そして我輩も。

タマゴドクタアのオニイサンにとっては、まわり道なのかもしれない。

でも、例によってお気楽に生きている我輩は知ってるよ。

 

まわり道すると、ふだん見えない風景があるんだよ。

もしかすると、宝物もあるかも・・・。

  

この町も雪が解けてきた。

まわり道もいいかもね・・・。

このお店には、お医者さんの大学に通っている

タマゴドクタアのオニイサンがよく顔を出す。

 

人柄のいいタマゴドクタアはこのお店でもみんなの

人気者だ。我輩もタマゴドクタアが来ると楽しい。

うん、彼みたいなヒトがドクタアになったらいいな~と

我輩も思う。

 

時にはマスターの珈琲と奥さんのケーキをお供に

お店の片隅で難しそうな勉強をしている。

ドクタアになるのって、大変なんだね。

 

この間はお守り片手に、ドクタアになる為の難しい試験を

受けに行ったんだって。

例によってお気楽に生きてる我輩には想像もつかない。

 

結果は・・・。

神は彼に大変な試練を与えたんだよ・・・。

 

マスターも奥さんもそして他の常連さんもみんな心配している。

 

今日はエイプリルフール。

このことがウソだったら、いいのにな・・・。

今日は曇りのち晴れ。ここ最近この町の雪も
だいぶ解けつつある。

この間、カメラや大きなまぶしいライトを持った人が来た。
シュザイって言うんだって。

そう、この店には時々、TVや雑誌の人がシュザイに来る。
きっと、マスターの淹れた美味しい珈琲がお目当てに違いない。

いつものように、大きなライトがピカンとたかれている。
我輩もカメラの前でポーズ。でも、ご安心あれ。
我輩の体は透明なのだから・・・。

数日して雑誌が出来上がってくるとフシギなことが起きた。
雑誌の人は、マスターの淹れた珈琲を一口も飲んでないのに
“美味しい珈琲”って書いてあるんだって。

シュザイの人って、超能力があるのかな・・・??


それは去年の春、雪も解けてこの町にも遅い春が
やってきた頃だろうか。

一人の初老の男性がお店に顔を出した。
以後、この店を気に入った男性は毎日のようにお店に
くるようになった。名前はモンブランさん。

モンブランさんは奥さんを亡くして、ココロとアタマの
病気になっちゃったんだって。
だから、ちょっと前のことをすぐ忘れて、同じことを
何度も繰り返してマスターや奥さんに話しかけてくる。

アタマの病気って、我輩みたい!だって、我輩もすぐ
忘れちゃうから。

それでも、モンブランさんは、雪の日も雨の日も夏の暑い日も
冬の寒い日もお店に来てくれる。
このお店に来ることだけは忘れないんだね。

今日もいつものように、同じ会話が繰り返されている。
モンブランさんと、マスターと奥さんの、ちょっぴり
切なく、そして優しい時間が今日も流れている。


このお店の片隅には、我輩とよく似た置物がある。
白いのと黒いのと。どちらも片手をひょいと挙げて、
お店を見守っているんだって。

朝、マスターと奥さんがお店に来ると、この我輩に似た置物に
手をあわせている。
“今日も一日、楽しいことがイッパイあり、来た人みんなが
シアワセになれますように”

そして、一日の仕事が終わると
“今日も一日ありがとうございました。明日も楽しいことが
いっぱいありますように”と。

そっか、この置物ってネコガミサマなんだ。
白と黒って夫婦なのかな?マスターと奥さんみたいだ。

ネコガミサマ・・・我輩も何かお願いしてみようかな・・・。




雪の降り積もるこの町にも春の気配が
感じられる今日この頃だ。

外はまだ寒いけれど、お店の中はストーブが焚かれ
窓辺は日差しがポカポカと我輩の昼寝にはもってこいな
陽気である。

春の気配を察すると、ヤツらが動き出すんだよ。そう、ヤツら。
ワラジムシが地面をノコノコ。
明るい窓辺には、小さなハエが・・・。
もうすぐすると、ありんこも行列を作る。

そう、これはナイショだけど、お店の中でのハナシ。

春だな・・・。
ウレシイ。ニンゲンも虫たちもそして我輩も。