今日は、午前にかかりつけの病院へ。

先生が、開口一番、呼吸器内科はどうでしたか?

その後はどうですか?

先生なりに心配してくれているのか、そんなことを仰いました。

吸引の薬を処方され、毎日就寝前に取り組んでいます、と答えました。

どうやら、先生も過去に禁煙にてこずったとのことでした。

禁煙の辛さをよくご存じの様子。

私にすれば、心地よい味方です。

先では、この病院でお世話になるつもり……。

 

昨日は、午後からアルトサックスをメンテナンスに出し、その足で娘を送りに京都市内へ。

昼食のあとは、どうしても眠気に襲われます。

帰りは、途中、家内と運転交代。

そして、京都縦貫唯一のSAでまた私がハンドルを。

若い頃は、クルマはミッションでないと、と粋がっていたものの、今ではオートクルーズ必須です。

年を追うごとに、良くも悪くも、景色や感覚も変化していきます。

ホホホ……。

 

昨夜は、年末から手をつけはじめている『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』のÐの譜面起こしの続きを少し。

しんどくなって、ついついamazonプライムに逃げ込んでしまいます。

『羊たちの沈黙』の主人公、クラリスの後日譚のようなドラマ。

毎度のことながら、アメリカのドラマの作り手さんの腕前には唸らされます。

底面が広いぶん、それぞれのエキスパートの技量は、当然のごとく研ぎ澄まされていくのでしょう。

過去の栄光に縛られがちな日本の考え方とは、根本的に違うのはそのあたりなのでしょうかね。

ひとつの成功体験は、単なる過程に過ぎないのではないですかね?

独特な視点というものは、いつだって、部外者の思考回路の中にそのヒントが潜んでいる気がします。

 

そんなことを思いつつ、2話の終盤あたりで、私の好きな曲が流れてきました。

『Angel from Montgomery』

ボニー・レイットの4枚目『ストリート・ライツ』に収められています。

そんな雰囲気を醸すようなシチュエーションに見事にマッチ。

でも、彼女の声ではないような……。

気のせいかもしれませんが……。

 

ま、当然と言えばそうですが、若い頃から思っていることがもうひとつ……。

日本の映画やドラマでのBGMは、シーンに合わせることを優先してか、途中でいきなりキレてしまうことがほとんど。

アメリカの映画やドラマでのBGMの使い方は、その音楽をワン・コーラス、もしくは、不自然なく溶け込むようにフェイド・アウトさせます。

私のような辺境的な者の勝手な解釈かもしれませんが、作品を構成している要素すべてに、ある種の憧憬と畏敬の念を抱いてこしらえているような気がします。

私のバイブルのひとつである『アメリカン・グラフィティ』も、メインの流れや何気ないディテールまでのあらゆるシーンで、それらの配慮を強く感じられます。

また、どの登場人物にも自分を乗せて楽しむことができる、というオマケつき。

 

第二次世界大戦に従軍した私の二人の祖父は、どんな顔をして私の話を聞くのか、そんなことをときどき想像しては、今生かされている有難みを感じます。

 

どんなことも、流れの中での浮き沈み……。

結局のところ、波間を漂う葉っぱのようなものなのかもしれません。

大きな流れに身を任せつつも、自分のオールは大切に持っていたいものですね。

僅かでも方向変換を要するときがきたときに、どうしても必要になってくるはずですですから……。