連日の暑さの中に、ほんの少しだけ秋の気配のようなものを感じられるようになりました。

何がどう、という具体的なモノではなく、まさに気配そのものです。

 

昨日は、午前に草刈りをしました。

9時を少し回っただけなのに、陽射しの強さに圧倒されます。

ただ、日陰に入って休憩すると、通り過ぎていく風に秋の匂いが……。

異常気象にもかかわらず、きちんと季節は目盛りを進めていくものなのでしょう。

 

午後からは、ダイハツへ。

家内の車の買い替えのためです。

オートクルーズ昨日は、どうやらターボ車のみとのこと。

私も運転するので、オートクルーズ機能は欲しいところ……。

 

安心しきっているようにも見えなくもなく……。

また、高齢のため体力を極限までセーヴしているようにも思えなくもなく……。

そんな、うちのオグリキャップは、今でもうちの中心にいます。

 

守ってもらっていた頃。

絶対的な安心感に身を委ねていたあの頃。

それらの断片は、すでに遠い記憶の中……。

今では、目を閉じて感じる潮騒のようなもの。

 

オグリキャップを見ていて、ふとそんなことを思います。

同時に、三方五湖のお土産の湯呑のことも思い出します。

どんなことも、ほんの少し足りない、と思うくらいが、ちょうどよいのかもしれません。

――

('Cause) There's a place in the sun
Where there's hope for everyone
Where my poor restless heart's gotta run
(I know) There's a place in the sun
And before my life is done
Got to find me a place in the sun

そんなことを思うとき、いつも、どういうわけか、この有名なメロディが重なります。

オリジナルは、スティーヴィー・ワンダー。

そして、浜田省吾の声は、想いをさらに過熱させます。