昨夜は、初ZOOM。

ま、私自身、時代に取り残された、ある意味、ガラパゴス人間の部類に属します。

LINEやFacebookでさえ、使いこなせていない事実に、もどかしさを覚えつつも、ま、自分ができる範囲で、と半ば諦めている感じ……。

 

バイクでさえ、もうキャブレターは過去のモノ。

どんな時でさえ、セルスイッチで一発です。

ま、バッテリーが危うい時もありますが……。

 

音楽を聴くのでさえ、すでにアナログプレーヤーにて、レコードを回す機会は年に2、3回ほどに……。

 

仕事で着ている、見頃と袖にケーブル網が施されているカーディガンは、高校生の頃、京都ポルタにあったTaka-Qで買ったアレキサンダー・ジュリアンのモノです。

 

『昔はよかったね』という曲があるように、時代の移り変わりとともに、脱皮を繰り返していく必要性に、ある程度、駆られます。

昔取った杵柄的思考回路では、到底追いつかないのが現状ではないですかね。

おそらく老害のひとつか、と……。

 

ただ、新たに出現する代物がすべて良いとも限りません。

AIが進むにつれ、マンパワーの必要性が、業種の垣根を乗り越えて乏しくなっていきます。

心地よい温度を携えたサービスの提供を求めるのが困難になる危険さえ孕んでいる気がします。

 

Things Ain't What They Used to Be...

物事は昔のようにはいかない……

 

個を優先すると足並みは崩れ、かと言って、全体を考えれば、この犠牲は不可欠に……。

ま、要はバランスですね。

ま、そのバランスこそが、いちばん厄介ではありますが……。

 

自分を含めて、誰の心の中にも、親切な思いと意地悪な考えは同居しているものです。

どんなに素晴らしい人でも、同じこと。

そう思うと、心は軽くなるというものです。

相手におもねることなく、素直に。

触れるものには出来るだけ親切に。

湧き上がる意地悪な気持ちは、近くのごみ箱にその都度捨てていきたいものです。

一日の終わり。

湯船に浸かっている時、今日はどちらが多かったか、と考えるのも、楽しくなるような気がします。

 

そんなことを、初ZOOMを終えて、しばらく考えていました。

 

息子が作曲とされていますが、本当はどうでしょうかね。

そんな意地悪な気持ちが頭をもたげます。