昨夜と今朝方、かなりの降水量だったためか、会社の裏手にある川では濁流が激しく音を立てていました。

そんなことになるのを予測していたのか、昨日、ひとつ上の棚のようなところにすっぽんの赤ちゃんを見つけ、網にて捕獲。

一緒の器に入れていると、まるでオグリキャップとサクラのような気分になりました。

もう3年になります。

サクラが亡くなり、今ではオグリキャップだけ……。

2匹とも保護犬活動のNPOの方から譲り受けた犬たちです。

ちょうど大きさと言い、色合いと言い、2匹のすっぽんの赤ちゃんはレッドのオグリキャップ、ブラックタンのサクラそのもの。

そこで、オグオとサクオと名付けることにしました。

 

ま、自信を喪失しての都落ち……。

今思えば、鬱の時代が1年ほど……。

天橋立を歩いて宮津に行っては、疲れて帰りはバスに乗ったことも……。

 

もう一度、営業として試そうと就いた業界が包装資材卸。

29歳でした。

そこで、いちばんの収穫は、今でも心に強く沁みついています。

京丹後市にある料理旅館。

お世辞でも立派な建物とは思えない感じ。

ある日、弁当箱の配達に伺った際のこと。

ご主人と玄関先で世間話をしていました。

すると、中から欧米人やら中東の方のような人たちが、外へと出て行かれました。

30年も前のこと。

当時は、外国人の姿は、あまり見かけなかったように記憶しています。

それなのに、この料理旅館には幾人もの外国人の方がいらっしゃる様子。

思わず、観光の方たちですか? とご主人に尋ねました。

すると、ご主人は笑顔で、尺八を世界のいろんな国から習いに来られている、と仰いました。

先生は、どうやらそのご主人。

思わず、偉い方なんですね! と。

すると、ご主人が、こう仰いました。

包装資材やのお兄さん、尺八の世界では、私は偉いのかもしれん。

でも、普段は、和服を着たひなびた料理旅館の主人やで。

偉くもなんともない。

そこを勘違いする人が多いのは確か。

何でも同じだけど、その道では偉いのかもしれない。

でも、その道から外れれば、キミと同じや。

人間の格は変わらない。

お互いさまやで、と……。

その話を聞いて思ったのが、大きな器と言うのはこういうことか、と。

それ以来、そのご主人と話すのが楽しくなったのを覚えています。

 

あれから30年。

仕事関係以外のところで名刺を差し出したとき、稀に『社長さんですか、すごいですね』と言われることがあります。

そんなときは、いつもその料理旅館のご主人が仰っていた言葉が胸を過ります。

社交辞令に過ぎない言葉は、柳に風と受け流すのがいつの間にかのクセ。

ま、魅力に乏しい私にとっては、くすぐったいようなことでしかありません。

 

縁とは不思議なものです。

続く縁もあれば、途絶える縁も……。

辺境的な私の意見ですが、縁は円のようなものですかね。

いくつもの円が空間に拡がっていて、その円の周りをそれそれの思いが自由電子となって動いているような……。

近づいたかな、と思えば、また遠ざかってみたり、と……。

そんな繰り返しのような気がします。

 

ロック・ウィル・ネヴァー・ダイ、とそんなタイトルが頭を過ります。

なくなっても繋がっていく……。

そんなことをすっぽんを見ていて不意に思いました。