どんな世界でも同じような気がします。

盤石ではないにもかかわらず、傲りに負けてしまい、胡坐をかいてしまっては大慌て……。

知らないうちに、足元からぐずぐずと崩れてしまう……。

 

若い頃、私もそんな経験をしたものです。

自分でもわかっていたにもかかわらず、気づかないフリをしていました。

 

28歳あたりで読んだユングの心理学の本。

それが今の自分の礎になっているような……。

 

聖人君子には憧れるものの、はるか遠く決して及ばない領域のような気がします。

そこへ向かう気持ちに立ちふさがるのは、いつだって主観的な自己肯定。

交差点での交通事故のようなもの。

お互いさまがなければ、いつまで経っても着地点は見出せません。

 

10代の終わりから20代の終わりあたり。

情熱が推進力となって、憧憬というレールを走っていた頃。

いくつもの障害物にぶつかりながら、自分なりの流線型を手に入れてきたように思います。

 

ガラスのような感受性と飽くなき好奇心に支配されていた心は、今年56歳という年月を経ます。

電話で話していた時、振り返ってみてどう思う?

なんて聞かれても、まだ判断するには早すぎるような……。

 

何かでいっぱいになるのではなく、いつだって遊びの部分は置いておきたいものです。

主観だけではなく客観的に物事をとらえるヒントをもらえるような気がします。

 

プーチンさん、ネオナチは本当は誰のことを指していたのでしょう?

そんなふうに、本音で話ができそうな今生ではないところで聞いてみたいものです。

 

頭上には薄い雲が広がっています。

陽射しを適度に遮ってくれ、玄関先での喫煙も心地よい風とともに。

こんな日は、ビージー・アデールの優しいピアノがうってつけ。

丁寧にフレーズを紡ぐ彼女の演奏は、極上のリラクゼーションをもたらしてくれます。

タイトルは『Good Life』。

サブタイトルには『Tribute To Tony Bennett』と記されています。

私のお気に入りです。