11月に入り、人の流れもざわざわとしてきました。

紅葉を見にお寺に出掛けると、そこには多くの車で道路まで埋め尽くされていました。

とても目的のお寺まで向かう気が失せてしまい、遠目に色づくいちょうともみじを眺めてきました。

但東町は隣の町です。

昨日まで、そんなに有名だったとは思いもよりませんでした。

まだまだあるものですね。

近くにいながらも、自分の知らない素敵な場所。

しあわせとは、そういうものかもしれませんね。

上ばかりを見ていては、足元に落ちてるささやかな幸運に気づきもしません。

 

派手なものには、ついつい目は行ってしまいます。

そこには必ずと言っていいほど見栄が伴走しています。

隣の芝生は青く見えるもの。

違法薬物に手を染めたり、いじめや万引き、それに売春めいたことにしても、人にそそのかされた時に、自分が臆病と思われたくないという小さな強迫観念にも似た気持ちに押されてはじめる人もいるとのことです。

その時の勢いに呑まれてしまうのかもしれません。

 

そう思うと、クーリング・オフというものは、ある意味力強い味方になってくれます。

その時はそう思っても、お風呂に浸かってゆっくり考えてみると、納得がいかない気持ちがむくむくと沸き起こってきたり……。

どちらにしても、後悔しない人生を送りたいものです。

まぁ、それが一番難しいことでもありますが……。

 

『行くのね』

『ああ』

カウンターの奥に目をやり、そして、もういない母親の気配を見つめながら、静かに彼女に伝える。

『おやじが追っていたものを、俺も追ってみたくなったんだ』

『なら、店は大丈夫。あなたが帰ってくるまでは、私がなんとかするわ』

 

そんなイメージが湧いてきます。

失うものが何もないことを理解すると、人は気持ちに素直になれるものなのでしょうね。

過去を踏まえた現在。

未来を見据えた現在。

今現在をどう生きるか、一見簡単そうに見えるものの、とてつもなく難しい気がします。

迷いそうになった時は、心の真ん中で輝くポラリスとしっかりと向き合いたいものです。

 

麻薬で才能をつぶしたミュージシャンは数多くいますが、後進への影響力の大きさを考えるとチャーリー・パーカーは群を抜いています。

キラキラしたフレーズの数々、時には靄がかかったりはするものの、いつの時代もアイドルとして追いかけたプレイヤーたちは尽きません。

その中でも、演奏ももとより、薬に手を出せばどうなるか、までをチャーリー・パーカーから学んだというルー・ドナルドソン。

畢生のアルバム『ブルース・ウォーク』が、自身でもお気に入りとのことです。

技術、感性、方向性とすべてがうまく重なったのでしょうね。

私も大好きなアルバムです。