今日は、薄曇りです。

昨夜遅くに降った雨の足跡が、車のボディの所々に見受けられます。

早朝は、気持ちいいほどのひんやりとした空気が辺りを漂っています。

ただ、まとわりつくような湿気を除けばですが……。

 

 

私は、若い頃からちょっとしたいたずらが好きで、そういうことをしてはひとり楽しんでいました。

家族で出かけたとき、ショッピングモールなんかのレストランで、入り口で名前を書く時も、適当な名前を書いてみたり……。

『アホやな、このオッサン』、と娘は楽しそうにしてくれます。

 

それに、ちょっとした意地悪をしたりもします。

馴れ馴れしく近づいてくる店員さんに、『コードバンのベルトを探しているのですが……』、みたいに。

 

自分の快適半径を保ちたいのが、一番の理由ですかね。

そのあたりは難しいもので、相手がいる以上自分との温度差があることを前提に考えないといけません。

この人との距離感の取り方は、私にしてみれば、一生かけても答えに辿り着けない問題でもあります。

 

自分の思いを伝えないと、自分の意見は反映されないものです。

かと言って、ぶつかるのが面倒なので控えめにしていると、流れに呑まれてしまいます。

営業なので、ある意味接客業です。

知識をひけらかすのではなく、相手のニーズに合わせた引き出しを用意しておけるプロ意識はつねに持っていたいものです。

これで大丈夫、というような天井は、努力に比例して高さを増すものです。

そんな気持ちで、プロならコードバンくらいは知っててほしいものです。

私も、若い頃はアパレルの営業をしていたので、そのあたりは誇りとして意識に刷り込んでいました。

 

 

ナチスの手からユダヤ人を助けるために、数多くの日本通過査証(ビザ)を発行し、6000人のユダヤ人を救出したり、「ヨーロッパピクニック計画」として、ハンガリーの国境地帯のゲートを一時解放して、集まっていた旧東ドイツ人を西側に脱出させたり、日本初の公害事件と言われる足尾銅山鉱毒事件を明治天皇に直訴したり、と。

 

そういう歴史の潮目を変えた人たちの揺るぎない信条にはとても憧れます。

そこには、自分の信念に基づいた道義的義務を遂行しようとする紛れもない正義が存在します。

 

やはり、プロである以上、今就いている仕事に関連する事案にはアンテナを張っていたいものです。

同時に、自分が知らないことは知らない、と素直に言える気持ちも大切にしていきたいと思います。

 

いつまでたっても、私は師匠を必要とする若造(気持ちの中での)でいたいものです。

ある意味甘えなのかもしれませんが、それが私の器なんだと嬉しくもあります。

 

 

 

雨が、しとしとと降ってきました。

目の前の景色をどう捉えるかは、どんな時も自分次第ってことですね。

 

ただ言えるのは、本当に強い人はあなたのようなことはしませんよ。

あおり運転や人を殴ったり、安易に恫喝してみたり。

そんな感覚は、普通の大人なら、中学校の制服を脱ぐときに一緒に脱ぎ捨ててきたのではないですかね。

亀岡にいる友人なんて、極真の黒帯ですが、若い頃からまったくもっていいヤツです。

 

 

風を頼りに、広い海原をゆったりと航行したいもの。

熱を孕んだ貿易風は、心地よく頬を撫で、優しく身体を包み込んでくれる。

虚勢を張らず、身の丈を知り、そして素直な気持ちを大切にして。

 

 

 

 

ルース・ブラウンが歌う『ラッキー・リップス』。

迫力があって、とても可愛い感じは伝わってこないのですが、未来を見据える希望のようなものを感じます。

今はこうだけど、先ではこうなるの、みたいな。

元気に溢れ、クリフ・リチャードのバージョンとはアレンジもアッパーですね。

是非、どうぞ。

ルース・ブラウンのベスト盤だと思います。

高校生の頃、よく聴いていました。

もちろん、レコードで。