今日から近畿圏も大雨に備えて注意を、との予報です。

毎年のように、この時期は降水量による被害が列島を中心に襲います。

どうすることもできないもどかしさはあるものの、そろそろ赦してもらえないものですかね。

 

因果応報ということは、どんなことにも当てはまります。

勢い盛んな右肩上がりの時期を経験した人ほど、過去の栄光に囚われやすいとのことです。

でも、栄枯盛衰は世の必定です。

浮き沈みするバイオリズムの高低差によって、喜怒哀楽のボリュームも変わるもの。

 

平清盛のような、礎を築くまでの考え方や、そしてさらなる高みを目指しての戦略的思考は、生きていく上でとても参考になります。

確か大河ドラマで、後白河上皇から、「そこから、お前は何を見たいのか」、というようなことを言われたように記憶しています。

 

そこが難しいところですね。

どんなにすごい人でも、心に余裕ができると勘違いの渦に巻き込まれます。

あの劉邦ですら、韓信の力を侮り、自分だけで大軍を率いて戦に挑み大敗してしまうという結果を招きます。

 

かく言う私も、ご多分に漏れず勢い勇んでは突き進み、自分はどんなことでもできる、と今思えば大きな勘違いに酔いしれていましたね。

20代前半の頃です。

アパレルの営業で、都内や神奈川の百貨店の一部や専門店の一部を回っていた頃です。

時代はおりしもバブル後期です。

通りには、ちょっとした贅沢がそこかしこに溢れていました。

 

そんな時でも、得体のしれない不安を抱いていたのをよく覚えています。

安定しない砂の上に立っているような。

ちょっと体重のかけ方を変えただけで、足元がぐずぐずと崩れ落ちていくような、そんな感じ……。

そんな不安を払拭しようともがいていたような気がします。

 

結局、自信を失って、都落ち。

そこから、自分を見つめ直し、自分は営業ということができるのか、と自問自答を繰り返していました。

1年半くらいですかね。

しんどかったのは。

 

とりあえず、再起を図り、食品包装資材の会社に営業として入社。

そして、今に至るわけです。

 

その時々で、取り巻く環境は季節とともに移り変わり、時間の堆積はいくらか自分を成長させてくれたように思います。

調子がいい時ほど、少しの休憩が必要なのかもしれません。

また、何かにつまづいた時でも、焦らずに自分と向き合うことですね。

なんら恥じることはないと思います。

それが私の場合、男気の無さに繋がっているのかもしれませんが……。

立ち止っては、また前に進む。

今も、その繰り返しです。

 

高性能な機械でさえ、定期的なメンテナンスを必要とします。

私のようなポンコツなら尚のことです。

 

軽はずみなことをして友達と騒ぐのは結構なことです。

長い人生において、当人たちにとって多少のスパイスになることでしょう。

ただ、他人に迷惑をかけるのはどうですかね?

そんな思いで、報道番組の迷惑動画を見ていました。

 

どんなことにも報いはあるものです。

少しでも“いい報い”が訪れるように、努力は怠らないようにしたいものです。

いちばん簡単なのは、正直でいることですけどね。

 

何かの罰でしょうね。

今回の私の場合は。

手術してから約2週間。

まだ痛くて、まともに歩けません。

気持ちだけが前のめりにつんのめった感じです。

 

 

――砂の風 吹きすさぶ

   乾いた道端にたたずむ

   親指を立てながら

   待ちわびるだけだった昨日

   憐みのドアが開く車を見送って

   ナイトニュースを聴くだけの昨日を捨てて――

中島みゆきさんの『夜を往け』の歌詞の一部です。

初めてこの曲を聴いたとき、突き抜けたような衝動を感じました。

新たに気持ちを整えて、また走り出す。

自分の未来を少しでも明るいほうへ導くために。

私にとっては、そんな曲ですね。

今でも好きで、よく聴く1曲です。