今朝は、いつもより早く目が覚めました。

昨日早く寝たからかもしれません。

 

昨日は、社交ダンスのレッスンがありました。

先日行われたダンスパーティーの酷評を聞かされました。

もうね、スルーです。

ようやく気持ちに余裕が持てるようになりました。

どうやら、先生は友情出演的な、ゲスト扱いのダンスパーティーだったようで、生徒さんも30人ほど連れて行かれたそうです。

何のバックもないし、お客さんのもてなしがまるでなっていない、と生徒の私に冷めた表情で語りかけます。

 

これまでの流れの中で生じた軋轢のかけらが、幾つもうず高く積み重なった結果なのでしょう。

人とのかかわりにおいて、少なからず通る道でもあります。

 

他人が聞くと「なんで、そんなことくらいで腹を立てるの?」、というケースって多いですよね。

どんなことだって、ぶつ切りではなく、必ずそれ以前からの流れの中で繋がっているものです。

 

一方を立てると、もう片方は行き場を失います。

 

小さく切り取られた窓枠からは、大気に流される雲の動きや朝陽に輝く稜線の美しさまでは捉えることはできません。

 

木を見て森を見ず。

一部であって、全体ではない。

 

物事の本質を見抜く鍵が、どこにあるのかわからないうちは足がすくみます。

まるで、暗闇で手探りをしながらも怖くて前にさえ進めない感じに似ています。

 

幽かな灯りを求めて、恐る恐る壁を叩いてみては感触を確かめます。

 

ブログを拝見している方に相談しては、安らぎを与えてもらったりもします。

余計なバイアスがかからない分、ある一定の公平な意思や考え方がそこには存在する気がします。

 

先日観た『日日是好日』の映画から、一期一会の大切さや人との間に流れる感情のせせらぎのようなものを改めて思い知らされました。

 

 

人は外見だけではわからないものですが、土俵でトロフィーを授与した時の大統領であるトランプ氏の表情がとても印象的でした。

ふと、よくして頂いた取引先の先代の社長の笑顔が脳裏を掠めました。

その社長には、ずいぶんとお世話になりました。

忘れることは、絶対にないと思います。

 

 

しとしとと雨が降っています。

陽射しを遮るように、分厚い雲が空一面に広がっています。

こんな日は、オスカー・ピーターソンの“シナトラ集”がぴったりです。

いつもより控えめな指の動きが、しっとりとした感情を誘います。

オスカー・ピーターソン・トリオで『フランク・シナトラの肖像』です。